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今日の予定…惰眠改め家庭教師。

 今時の女が着ることはまず無いであろう、ひたすら真っ黒な服を着る。私の身長に合う女物の服が無いことと、もとより女物の服の趣味にまったく興味が無い私は普段男物の服を着ている。冬でも夏でも常にこんな調子だ。おまけにシルバーアクセサリーも付け、赤い髪と合いあまってよくビジュアル系の人に見られることが多い。

 ともかく、今日は外に出る気は無いため、私はシルバーアクセサリーは身に着けないことにして着替える。適当な服を着ると私は玄関に戻りその扉を開いた。

 

 銀とは大体一年前に知り合った。そのきっかけを話すのは正直長くなるからまた今度ということで。当時中学三年生だった少年は学ランからブレザーを着るようになり、毎週金曜日は必ず私のバイト先にやって来る常連になってしまった。バイト先の奥さんとも顔見知りとなり、この間奥さんと「銀ちゃん」「みっちゃん」と呼び合っていたのを聞いた。旦那さんが悔しそうに歯軋りしていたのを覚えている。

「待たせたか?」

「ううん、平気。大丈夫」

 ドアの先には先ほどとなんら変わらずに銀がいた。

「で、何のようだ」

 ずいぶんと時間がかかってしまったが、銀が私のところに来た理由を聞くことにした。銀はつーと視線を泳がせながら口を開いた。

「……おれ明日からテストなんだよね」

「明日からなら黙って家で勉強していろ」

「家にいると兄貴たちの視線がざくざく刺さってくるから嫌なんだよ。それに明日英語もあるし……お願い嵐ちゃん! おれに英語教えて!」

 がばっと頭を下げてきた高校一年生。銀の足元を見ればたぶん勉強一式が入っているであろう鞄がおいてあった。

「……はぁ。わかった、入れ」

「本当!?」

「ただし、次からは電話をいれろ。唐突に来られても困る」

「おれ嵐ちゃんの電話番号知らないけど」

「……あ」

 銀の言葉にそういえばそうだと思い出しながら銀を玄関に招き入れる。銀はお邪魔しますと行儀良く言って、靴もそろえた。こいつ、本当に礼儀は正しいから嫌いにはなれないんだよな。素直だし。

「お前、昼飯はどうする気だ?」

「一応コンビニでカップラーメンとかおにぎりとか買ってきた。お湯貰っていい?」

「ああ」

 一応ってことは私が作った昼ごはんに期待していることか。この食欲魔人族め。

「……とりあえず自分で出来るところまでやっていろ。俺は自分の分の昼飯造ってるから」

「おれの分は?」

「買ってきたんだろ」

「嵐ちゃんが作った料理だったら絶対食べるし、これでも少ないほうだよ」

「……お前の胃袋は本当にどうなっているんだ」

 そう言いながらも私はもう銀の分も造る気でいる。ずいぶんと甘くなったな、私も。

「解らないところがあったら飛ばせ。飯食い終わった後でみっちりと教えてやる」

「……お手柔らかにお願いします」

 私が調理を始めると銀も勉強を始めたらしい。基本叔父は出張が多く、今も不在で実質私は一人暮らし。実は銀との昼ごはんが楽しみだったりする。


「おいしい、本当においしい! 出来ればデザートも欲しいけど」

「贅沢言うな。お前の勉強を見なくてもいいのなら造ってやるけど」

 そう言うと銀は真剣に悩み始めた。人生の楽しみの多くを食につぎ込むこいつだからこそ真剣に悩む。まあ、私もお菓子ならば人のことを言えないが。

 今日の昼ごはんはカルボナーラ。私の目の前で食べている銀はそれはそれはおいしそうに食べていた。

「……今日は、いい、です」

 完全にお預け状態の子犬だった。垂れた耳と下がった尻尾が見えそうだ。

「……造り置きしてあるクッキー生地があるから焼いてやる。数は少ないがいいな」

「本当!? 嵐ちゃん大好き!」

「さっきまでの落ち込みようはどこにいった。それよりも、あまり簡単に好き好き言うな。そういうの嫌いだから」

「……そっか」

 銀はさっきとは別のことで悩みだし始めたようだ。悪いが私は戯れだろうと、上辺だけの言葉は嫌いなのだ。

「ご馳走様でした!」

 パン、と両手を合わせて銀が合唱した。私もちょうど食べ終わったが、私よりも銀のカルボナーラは量を多くしたはずだ。本当にこいつの胃袋はどうなっている。

 銀は私の分の皿ごと流しに持っていって洗い出した。本当に気が利く奴だ。

 銀が皿を洗っている間に私は銀がやっていた問題を見る。正直、あいつは勉強に関してはやる気がないだけで、要領はいい。やろうと思えばやれる奴だ。

 だから、私が見てやる必要性はないはずだ。むしろ、半端に不良化している私に銀のようないい子が懐いていいわけない。親御さんに申し訳が立たない。……のだが、以前銀にちょっとした頼みを聞いてもらい、銀を家に送った時にさっさと帰るつもりが熱烈に歓迎されて晩御飯をご馳走してもらうと言う珍事件が起こってしまい、どうしようかと思った。

 銀の弟にかわいらしい笑顔で誘導されて断れず、銀の兄たちに「いつも銀がお世話になってます」とナチュラルに家を案内され、銀の祖母が造った「おばあちゃんの味」が食卓に並びあれやあれよと逃げられない雰囲気に。初めてあった半不良をよく家に上げて、なおかつ御飯をご馳走するとは。私だったら無理だ。けど、どうしようもなかったからその時はご馳走になった。出されたものを残すようは非礼などしない。

 銀の両親は早くに亡くなっており、祖父母が育ててくれているようだ。銀の祖父と少し話をしたけれど、只者じゃない人だった。なにがどう、と聞かれたら困るのだがあの人が育てているのならこういう風に育つわけだと納得できた。無論銀に限った話ではなく、銀の兄弟は性格はまったく違ったけれど、本質は似ていると思う。少なくとも自分の思ったことは絶対に曲げない、投げ出さないはずだ。それにみんな礼儀正しかった。今の世の中では珍しいことだ。

「嵐ちゃん、皿洗い終わったよ」

「あー、どうも。手はちゃんと拭けよ」

 銀が手を拭いて戻ってくる。そのまま私の隣に座り、私が見ている自分の勉強成果を一緒になって覗いた。

「さてと、腹も膨れたのなら勉強するぞ」

「ちょっと待った。もうちょっとお腹をなだめようよ嵐ちゃん」

「問答無用。銀、ここの文法間違ってるぞ」

「マジで」

 指摘してやるやいなや、銀は勉学に取り組み始めた。何がどう間違えているのか解っていないようなので助け舟を出してやれば「ああ!」と実にすっきりした顔をして次の問題に取り掛かる。ころころと変わる表情を見ているとなんだか無性に心が落ち着くような錯覚が生まれる。

 そう錯覚だ。私にはそんなものあってはならないから、絶対。私のような死に損ないの化け物には必要ないモノだ。

 一生懸命問題に向き合っている銀を見ながら私は錯覚とずいぶんと慣れてしまった胸の痛みを感じていた。


 銀に焼いたばかりのクッキーを詰めたタッパーを手渡す。

 ひと段落着いた頃合を見計らって私は以前造り置きしていたクッキーを焼いた。そのせいで銀はほとんど勉強に手がつかない状況になってしまったが、そこは作製者の一声「ここからここまでやるまでお預け」で文句は言いながらも今まで以上のスピードで問題を解いていった。焼いたクッキーの半数はもう銀の腹の中に居場所を変えたが、残る半数は今銀の手にあるタッパーの中だ。

「お前一人で食べるなよ? ちゃんと家族の人にもあげてくれ」

「むう」

 言ってはおいたがどうせ大半は銀が食べるんだろうなという予想は簡単に出来た。

「送ってやろうか。そろそろ【喰害】が始まる」

 玄関の鍵を開けながら銀に声をかける。すると銀は不服に頬を膨らませた。

「……おれ、もう子供じゃないんだけど。それに」

「俺からしてみればまだまだガキだ」

「それにさ、普通そういうことは男の方から言うべきセリフだって!」

「問題はそこか」

 変なところに注目するなと他人事のように思っていると銀はますます頬を膨らませていった。

 おい、お前は本当に男子高校生か。可愛いぞ。

「そもさもおれ強いし、もう高校生になったんだ。いつまでも子ども扱いしてないでよ!」

「まさか。お前は俺よりも強い。ま、いざとなったら盾にはなれるだろ。俺はお前と違って死なないところが特徴の一つだって知っているだろ?」

「ちっがーう! おれは嵐ちゃんには必要ない怪我はして欲しくないの!!」

 鼻息も荒く銀が言った。まあ確かに怪我しないことに越したことは無いけどさ。痛いものは痛いし。

 それに銀はその辺の一般人はもとより、私とも比べ物にならないほどに強い。銀だけでなくその兄弟も桁外れに強いことも知っている。だから私が銀を守るなんてことは馬鹿らしいものなのだろう。

 だけど、

「……可能性は低いだろうけど、俺だってお前が怪我するところ見たくないんだよ」

 脳内で一瞬だけ昔のことがよみがえり、慌てて頭を振りその赤しか色が無い光景を振り払う。

 先ほどのほとんど聞き取れないような言葉を銀は聴いてしまったらしい。銀は私の過去を知っているため、目を伏せながら謝罪の言葉を口にした。

「……ごめん」

「平気だ。もう、昔のことなんだ」

 重くなった空気を振り払うようにして私は玄関の扉を開いた。多少無理やりだが話を最初の話題に戻した。

「まあ、どうせ歩いて十五分前後なんだ。晩飯の買い物ついでに近くまで送ってやるよ」

 扉を開くとそれとなくオレンジ色に染まった空が目に入る。銀が出てくるのを待ってから私は鍵を閉めた。

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