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 相手が一歩踏み出そうとした瞬間、体を右寄りに半歩後ろへ移動させた。意識してでの行動ではない。訓練や実戦で鍛えられた反射的な反応。ヒュン、と相手が振り下ろした剣が空振りの音を出し、自分の体のすぐ側を通った。慌てる必要は無い。相手より自分のスピードの方が早いからだ。

 気合いと力を込め放った一撃だったのだろう。わずかに重心が崩れたのを視界に入れ、相手が体制を立て直すより早く、両足を払ってやる。

「ちょっ!」

 短く声を上げながら綺麗に仰向けに倒れた首筋に、遠慮なく剣を当てると相手は動きをピタリと止め、「・・・降参」と呟いた。

「おまえ、足払いって・・・騎士としてどうなんだよ」

 仰向けに倒れたままの金髪の青年が、自分の首に剣を当てたままの仲間に声を掛けた。

「お前が重心を崩すのが悪い」

「まあ、そうなんだけどね」

 首筋の剣が退けられた。訓練用の刃が潰された剣だとは分かっていても、人体の急所でもある首に当てられるのはいい気分ではない。金髪の青年は重いため息を付きつつ起き上がった。ため息だって付きたくもなる。自分より小柄で、騎士養成所の入所も同じ時期で、なおかつ年下。そんな目の前にいる銀髪の少年に一度も勝てた事がないのだから。

「そろそろ行く」

「ああ、そう言えば今日は早退するんだっけ?」

「不本意だけど」

 銀髪の少年は、剣を鞘に仕舞いながら答えた。その端正な顔が一瞬だけ不機嫌そうな顔になり、すぐ元の無表情へと戻った。その珍しく見せた子供っぽい表情にふと笑ってしまったら、軽くにらまれてしまった。

「ケリオ。なんで笑う」

「いやいやなんでもないです」

 ケリオと呼ばれた金髪の青年は、微笑みながら少年の剣を取り言った。

「剣は俺が戻しとくから、アルバは早く家に帰りな。いやだろうけど、遅れたらお前のお父さん達うるさいだろうし」

「そうだな。今日は寮に戻れそうにない。隊長には伝えてるから、夜番頼む」

 じゃあ、と短く別れを言ってアルバと呼ばれた少年は訓練場を後にした。ケリオはその後ろ姿をぼんやり眺めた。その後ろ姿は小柄なのに凛としていて、平民出身の自分とは違う雰囲気を纏っている。

「年相応な所もあるんだけどな」

 気楽な自分とは違う、何らかの背負った背中。常に無表情な同僚は何を背負っているのか。入所した頃より表情を見せてくれる様にはなったのだけど。

「名門貴族は、大変だな」


 父親からの呼び出しなんぞろくな事がない。アルバは、訓練場を出ながら心の中で呟いていた。分かってはいるのだが行かねば後が面倒な事になる。もしかしたら騎士団を辞めさせられるかもしれない。アルバが父親の元に行かなかったからという理由で。やりかねない。両親は、世界が自分達中心に回っていると勘違いをしているのだから。

 アルバはそんな事を考えながら歩いて屋敷へと戻った。歩いて20分程の所に、アルバの屋敷が建っているのだが、帰るのは久しぶりだ。2年ぶりだろうか?門番が門を開き、アルバの姿を見つけた使用人達が広間に並んで迎え入れた。

「おかえりなさいませ」

 初老の執事服を着た男がアルバに声を掛けた。

「ああ」

 執事もアルバも無表情で言葉を交わした。

「父は?」

「奥様とお食事中でございます。アルバ様の分もご用意しております」

 一緒に食べろという事か。仕方ない。アルバは自分の部屋に向かいながら、執事に声を掛けた。

「着替えて行く」

「かしこまりました」


「おお、やっと戻ったか」

 広間には、40代ぐらいの黒い髪の男性と銀髪の女性が座っていた。テーブルの上には明らかに2人では食べきれない量の料理が並んでいる。

「いつから私を待たせる程偉くなったのか」

 黒髪の男性、アルバの父親が口を開いて言った。

 その傲慢な物言いに不快感が込み上げたが、それを表に出さず無表情のまま心のこもらない謝りの言葉を口にした。

「申し訳ありません」

「ふん・・・」

 アルバの父親は遠方から取り寄せたワインを使用人に注がせて、一気に飲み干した。

「まあいい。お前に話がある」

「とっても良いお話なのよ」

 長い銀髪を軽く揺らしながら、アルバの母親が口を挟む。

「あなたの結婚相手を見つけてきたの」

「よかったな。騎士団なんぞ野蛮な所におるお前でもいいそうだ」

「ルーイ商会の娘さんよ」

 母親はうっとりとした顔で言った。

「商人の娘を娶るなんて恥ずかしいけど、あのルーイ商会だし。こんな素敵なペンダントを頂いたんだもの。断れないでしょう?」

「家には余ったお前がいて丁度よかった。長男と次男は王族か貴族にやるからな」

「10日後に顔合わせだからそれまでずっと家に居てちょうだいね。怪我をされても困るから」

「騎士団には退団すると使いを出しているからな。気にする事は無い」

 ペンダントを手で遊ばせていた母親が、アルバの目をみて艶やかにほほえんだ。

「嬉しくて言葉もでないのかしら?それもそうよね。あなたもやっとシークデント家の為になってくれるんだから。初めて産んでよかったと思ったわ」


 なにを言って席を立ち、自分の部屋に戻ったのかよく覚えていなかった。

 手に痛みを感じ目をやると、血がにじんでいた。無意識に強く握りしめて爪が食い込んでいたらしい。細い三日月の様な傷がじくじくと痛みを訴える。いや、本当に痛いのは手なんかじゃない。

 騎士団を野蛮だと?山賊の討伐や敵国の侵攻を幾度となく阻み、他国からも誉れ高い、ダリア騎士団を野蛮だと!騎士団を退団?10歳の時から養成所に入り、隊長に任務を任される様になり、唯一の友と言える奴も出来た大事な居場所を。退団すると使いをだした、だなんて。腸が煮えくり返るとはこの事だ。それに商人の娘が恥ずかしい等という権利はあいつらに無い。俺はお前らが親だと言う事が何よりも恥ずかしいというのに。

 銀色の髪を掻きむしった。小さい頃から言われてた事だ。俺を蔑ろにする言葉は。今まで耐えてきた。耐える事しか知らなかった。誰も教えてくれなかったから。誰にも頼れなかったから。

 でも。今は違う。騎士団の皆や町の人と触れ合って、色々な事を知ってしまった。前の様に何の感情も持たず、耐えて生きて行くなんて出来ない。感情がある事が、辛い。 


 窓の外はすっかり暗くなっている。

 真っ暗な部屋が今はありがたかった。闇の中で、アルバは1人慟哭した。

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