AIが書く文章と人間の熱。
なろう警察のAI狩りの中で語られる「AI作品の見分け方」。
いつ見かけても、そんなもん「プロンプト次第だろ」というのが本音。だが、筆者にしてもAIが書く文章に対し、思うところがないわけでもない。
人間とAIの違いは、やはりその「温度」にある。
AIが生成する文章には、今のところ、まだ人間が書く作品のような「熱」が感じられない。フィジカルを持たないAIは、パラメータとマッピングでそれを表現するが、「熱を表現する際の間隔」の学習が、どうやらまだ足りていないらしい。
AIは人間と違い、小説を学習するにしても、読む順番が違う。
同時多発的に各パートを切り分け、一気にやっつけ、統合する。
あくまでもデータ処理。
異常個所のデータは、イレギュラーとして扱われ、その異常性は軽視される。
熱には、異常性が付きまとう。
しかし、AIはイレギュラーを整える。
言葉を言葉として解釈するとき、意味のある言葉であれば、AIも反応する。だが、それがリズムや違和感だけであった場合、AIには、まだその本質が理解できない。これは「解釈の領域」の話でもあり、人類もまだ習熟できていない部分であったりもする。
オブジェクトとして、何となく、漠然と伝わって来る作者の熱、焦燥。この構造に対する学習が、まだAIには足りてないわけだが、これはほとんどの素人作家にとっても同じ課題。その違いをなろうで見分けようとするのは、プロの小説家でも難しい話である。
この説は、作品が持つ「音楽性」として、語る方が正解かもしれない。「無音の鼓動」が聴こえてくるのが、熱を持った作品で、AIは、その「音の鳴らし方」についての学習が、まだ不足している。




