いま雪女の里ではサウナがアツい!
いま雪女の里ではサウナが大ブーム!
ここは東北某県の山間にある小さな村。
一見すると日本全国どこにでもある農村のように見えますが、この村には他の人里とは一線を画す変わった特徴がありました。まあ一行目ですでに答えを言っているも同然なので早々にネタバラシをしてしまいますと、ここは雪女が住まう妖怪の里。元より妖怪の中でも人間に近い容姿をしている利を活かし、普通の人間のように堂々暮らしているのです。
「ねぇねぇ、新しく配信始まった洋ドラ観た?」
「ああ、アレね。主役の俳優はイケメンだけどアタシ的にはそんなにかなぁ」
それはもうビックリするほど堂々と暮らしていました。
電気、水道、ガスのみならず、里の全ての家に高速のネット回線まで完備。
里の中には個人経営とはいえコンビニや自販機もありますし、商品の補充やネット通販で購入した品を配達するため毎日のように外部から配送業者のトラックが来ています。堂々と対応する限りは、まさか目の前の相手が妖怪だなどと思うはずもありませんし案外なんとかなるものです。
そもそも元手となる日本円はどうしたのか?
彼女達の金銭事情に関しては第二次大戦の直後にまで遡ります。
人間社会から隠れて細々と畑を耕しながら暮らしていた当時の雪女達が、食糧難の戦後日本で自分達が作って蓄えていた米を闇市にて売却。そうして得た資金で日本各地の不動産や、後年になってからはあちこちの会社の株式を購入しました。
続けて、戦後のゴタゴタを利用して死者や行方不明者になりすますなどの形で、人間としての戸籍や銀行口座まで取得。そうして日本各地の土地建物から湯水の如く入ってくる賃料や株式配当などの不労所得だけで、あくせく働かずとも里の全員が左団扇の暮らしができるようになったという次第。表向きの仕事である農業も実態は一部の者が趣味半分でやっているだけ。なんとも羨ましい限りです。
「ヒマね~……ネットで動画漁るのも飽きてきたし何か面白いことない?」
「町まで出かけてイイ男でも逆ナンするとか?」
「この辺の町にイイ男なんているわけないでしょ。すっかり過疎化が進んで、おじさんかお爺さんかの二択だっての」
とはいえ、働かずとも食うに困らないとなると贅沢な悩みも出てくるようで。
そもそも雪女である彼女達にとって通常の食物は単なる嗜好品。活力源としては、あくまで補助的なものでしかありません。こんな田舎には似つかわしくない立派な冷凍設備を備えた倉庫に入って冷気を補充さえすれば、特に物を食べずとも生きていくには困らないのです。
なので、最大の悩みは有り余るヒマをどう潰すか。
幸いお金はあったので、それはそれは色々試しました。
最新ハードのゲーム機を購入してやり込んだり、ネット小説の読み書きだったり。時には国内外の寒冷地に旅行することさえありますが、温かい環境に弱いという種族的性質ゆえ、どうしても行動範囲は限られてしまいます。
そんなある日のことでした。
「サウナ……って、アレでしょ? 人間を蒸し焼きにする拷問部屋、だっけ?」
「こらこら、どんなイメージよ。実際には命の危険がない範囲で温めたり、逆にキンキンの水風呂で冷やすのを交互に繰り返すタイプの拷問……いや、パッと見は拷問に近いけど拷問ではないはず。多分? なんか、それが気持ち良いらしくてさ。あと美容にも効くとか」
「ちょっと自信なさげなのが不安なんだけど。ていうか、人間には気持ち良くてもアタシらにはそれこそ本当に拷問になっちゃわない?」
「そこは正直なんともね。だから、これから試してみようと思ってて。実は個人用のテントサウナっていうのを酔った勢いで通販ってたみたいでさぁ。流石にマジで死ぬのは勘弁だから、外で見張っててヤバそうなら助けて欲しいかなって」
ただでさえ暑さに弱い雪女。
それがサウナに入るなど普通に考えれば自殺行為にしか思えません。
ですが、一応は里の仲間に頼んで最低限の安全対策はしていましたし、それより何より退屈な日々の中で想像もしないような刺激が欲しかったという側面が大きかったのではないでしょうか。
「じゃあ、とりあえず五分くらいからね。このまま中から適当に喋ってるから、返事がなくなったら急いで引っ張り出してくれるかしら? 一応、このクーラーボックスに氷入れてきたから」
「はいはい。じゃ、本当に死なないように気を付けなさいよ」
そんな軽いノリで雪女の一人が説明書の通りに組み立てた個人用サウナに突入。
いざという時の救助要員としてすぐ外に待機していたもう一人は大した興味もなかったのですが、流石にこれで仲間に死なれたら寝覚めが悪い。スマホを触ったりすることもなく、真面目に見張っていたのですけれど。
「お、おお? これは、なかなか……?」
「なかなか、って?」
「いや、なんか……思ってたより気持ち良いかも? めちゃくちゃ暑くて汗もダラダラ出てるけど、夏の不快な暑さとは方向性の違う暑さというか。少し融けてきた気もするけど、うん、まだイケるイケる」
「ちょっとちょっと本当に大丈夫なんでしょうね。暑さで判断力おかしくなってない?」
そうして当初の予定通り五分が経ったところでサウナから退出。
単に大汗を掻いているのか肉体そのものが融けてしまったのかは分かりませんが、外で見張っていたほうが見た限りでは命の危険はなさそうでした。事前に用意しておいたペットボトルのスポーツドリンクを一息に飲み干し、それから今度は自宅の浴室にあらかじめ張っておいた氷入りの水風呂にダイブ。人間なら急激な寒暖差由来の心臓マヒに注意すべき場面ですが、流石は雪女だけあって冷やす分には特に問題なさそうです。
そうして程よく冷えたところで、身体の水気をタオルで拭き取ってから再びサウナへ。その後はまた水風呂へという流れを繰り返し、最後は風が通る縁側に寝そべっての外気浴。
すると……ああ、なんということでしょう!
「こ、これかぁ! うぁ~……気持ちよ……」
「え、なに? 気持ち悪いの?」
「違う違う、その逆。全身が気持ちよく痺れる感じっていうか、言葉で説明しにくいんだけどメチャクチャ気持ち良い……これが『整う』ってやつかぁ……ハマりそう」
「そ、そんなに……?」
人によっては何度試しても『整い』に至れないものですが、この雪女がたまたま『整い』やすい体質だったのか、あるいは種族的に人間よりも『整い』やすいのか。この時点ではそのあたりはまだ分かりませんでしたが、こうも気持ち良さそうな顔をしているのを見ていれば興味を抱くのが人情というものでしょう。人ではなく妖怪ですが。
「ね、ねえ、今度はアタシも試したいんだけど……」
「オッケー……もうちょい休んだら交代ね」
「ていうか、アンタ。よく見たらお腹周りがなんかスッキリしてない?」
「ん……あれ、本当だ。もしかしたら、余計な脂肪だけ融けて汗と一緒に流れちゃったとか?」
通常、人間がサウナで汗を流して体重が減ったところで、それはあくまで水分が一時的に抜けただけ。別に脂肪が消えてなくなったわけではないのですが、このあたりは種族的な性質によるものでしょうか。
ネット通販で取り寄せたお菓子をたらふく食べて蓄えられた頑固な脂肪が、水風呂や外気浴込みでも僅か数十分で融けて流れて消えてしまったのです。心なしか肌の具合や髪ツヤも改善しているような気がしました。気持ちが良い上に美容への効果もバツグンとなれば、こんなにも美味い話はありません。
「なるほど……これは……」
「でしょ? いやぁ、良い買い物したわ」
まずはその日のうちに見張りを頼まれたもう一人が。
「ねえ、あの子から話を聞いてきたんだけど」
「いいよ~、一人ずつしか入れないから順番でね」
その翌日には噂を聞いてきた友人達が。
「ちょっと行列長すぎない? ていうか、これじゃ私が使えないんだけど!」
「いっそ、私らも自分用のやつ買っちゃう?」
「いや、それならいっそ個人用のじゃなくて、ちゃんとしたサウナを建てちゃうとか?」
その更に翌日には、ビックリするほどの話の早さで里の中に共用のサウナを建築することが決まってしまいました。なにしろ、ヒマとお金なら使い切れないほどあるのです。
すぐさまサウナ関連の業者を調べて連絡し、里の皆の意見を聞きながら建物の内装・外装を決定。翌週からは外部から出張してきた施工業者の工事が始まり、そして数か月後にはプールや冷凍室まで完備された立派なサウナが完成していました。冷凍室に関しては造った業者も不思議そうに首をひねっていましたが。
◆◆◆
そうして里の共用サウナが完成してから更に数年後。
雪女の里に近隣県のローカル局のテレビ取材が入っていました。
とはいえ、妖怪がどうのこうのという胡乱な内容ではありません。
「いやぁ、この村の皆さんビックリするほどお綺麗な方ばかり。何か美容の秘訣などあるのでしょうか?」
「秘訣って言ったら、そりゃサウナですよ」
「そうそう、毎日汗を流してたら自然とね。皆で持ち回りで共同管理してて、里の住民ならいつでも誰でも無料で使えるんですよ~」
「なんと、それは羨ましい限りですねぇ」
女性リポーターの取材に応じているのは、里で最初にサウナにハマった二人組。
実際には雪女ならぬ人間が同じ頻度でサウナに通っても同等の美容効果を得るのは難しいでしょうが、だからといって不審を抱かれるほどでもないでしょう。
「「イェーイ、サウナ最高~!」」
そんなこんなでサウナにハマった雪女達はテレビの電波に乗るも、一風変わった住民サービスをやっている田舎村としてのみ話題に上り、それも大して長く注目されることなく再び世間から忘れられていきました。




