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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

そこはかとなく

作者: 御鎌倉
掲載日:2026/04/20

予告っぽいなにか

私の名前は本間ことは。今、私は先輩に恋をしている。

 小麦色で、活発な、そしてやさしい貴女に。


思えば8月。蝉時雨の鎌倉を両親と歩いていた。

けたたましさと喧騒さ、加え人混みは、鎌倉駅を

降りてから若宮大路に出ても続く変わらぬ繁盛の表れで、はぐれないように必死に手をつないでいた。


端から押し出されそうなほどに賑わう段葛を横目に、

目的地に。女学院中学。あの日は在校生が案内してくれるイベントで、志望校探しの一環だったっけ。

 

そして出会った、お嬢様学校の生徒というには明るくて活発で、薄い小麦色の肌の彼女に、私は恋をした。今まで持ったことがない感情に、胸を高ぶらせたんだ。


待ちわびた4月1日を過ぎ、部活の顔合わせの日。


「北条さん!…北条先輩!」


飛びついた私を見て、北条さんは合格を褒めて、

がしがし頭を撫でた。 

 

まだ春の姿をかすかに残す5月、紫陽花とカタツムリが映える6月、打って変わっての向日葵と定期考査の7月と、週に三日の部活は、日々激しさを増していた。


そんな中にあって、触れ合う時間は必然と増え、それに比例するように、先輩に対する想いも、強くなっていく。

  

時偶の夏風に肌を撫でられる帰路につく。私と北条さんは待ち合わせ、何蝉かもわからぬ蝉の、蝉時雨の中、塩素の香りを漂わせつつ。


長月の鎌倉は、名のしれぬ蝉がけたたましく、所々蝉弾幕とも言える程の鳴き、かつ毎秒夏燕がそのすこぶる鋭利な口先を以って肌を刺すような地獄だ。

 いつか習った、鎌倉文士たちはこの地獄で名作を生み出した…。畏敬の念すらある。


厄介なのは、季節のものだけではない。プールの塩素もそうだった。私など、慣れていない者の頭を痒くさせる。


髪をかいて歩く帰路、いつも北条さんがふかきあけ色の鎌倉彫の櫛を持ち出して、髪がいたんじゃうよ〜などと言って、梳ってくれる道。


厄介でいらぬはずの塩素の残り香に、福がついた。

 

私はその何気ない言動が、瞬間が好きだ。

こんな関係が、ずっと続けばいいと思う程に。


「そう言えば、北条さんはいつから水泳を始め

られたんですか?」

 

「ん?幼稚園の年中さんぐらいからかなぁ…でもどうしたの急に」


「先輩、速いじゃないですか。私もそんなふうになりたいって、前から思ってたんです。とくに…」


隠していたことに、口を押さえ、はっとして北条さんを凝視する。北条さんは一瞬だけ真顔になり、少し笑みを浮かべた。


「体動かすのが好きだったのもあるかな。あとそう言ってもらえるの初めて!嬉しいなぁ〜私には水泳しか取り柄がないし」


 少しキモいか。いや…と思う前に返ってきた言葉にほっとしたのもつかの間だった。気づけば駅前

だった。

酷暑の厳しい中にあって、駅前の往来を構成する人々の顔はどれも穏やかではなく。その中で、北条さんの笑顔は、あたかも紅一点のごとく輝いていた。


あぁ、またそうやって私は心惹かれる。

好きだ。偽りのない思い。


別の日の帰りは変なことも聞いてみる。


「ところで、将来の夢とかってありますか?」


「う〜ん…大事な人と一緒になれたらいいな〜」


「その人ってもういますか…?…お付き合いとかは…?」


「してないしてない!まだまだ!」


「タイプとか好きな人ってどんな感じですか?」


「いないです!」


こんな時間がいつまでも続くと思っていた。  

7月末、いよいよ夏休みかというとき、

いつもの待ち合わせにやってくる北条さんの隣に見知らぬ影を見た。


その人と北条さんはかなり親密な間柄なようで、

遠くからでもわかるほど、物理的に身体が密接して

いた。しかもそれは、まさかの、北条さんの方から

である。


「いつも」より笑顔を見せる北条さん。

 くっつかれるではなく、くっつきにいっている。


 理解した瞬時、波立つ心。どこか変な気持ちになる私。生まれて初めて感じる動悸のようなもの。

心臓が高鳴る。鼓動の山脈は険嶺を極める。 

 

そして段々と、はっきりと、姿形が見えてくる。

 

絹布の様な黒髪のポニーテールと優しい瞳。

他人とは一線を画す、立ち振舞がさらに美しくさせて

いるのだろう、高貴にして典雅。

立てばなんとやら…であるはずの他の生徒などは遠く及ばない。


この鎌倉…いや、神奈川中でも…という程に。


そして北条さんがそんな人に至近に密接する…。


言い表せないこの感情、これは嫉妬…だろうか?


彼女の名前は清原沙希というらしい。 

簡単な自己紹介の後、一緒に帰ることになった。


三人で駄弁りながら帰る……のは形だけで、

促されても、相槌をうつばかり。

気づけば見慣れているはずの景色ばかりを、さも観光客かのように眺めている。

  

密かに話を聞けば、約10年のお付き合い。

もはや家族である。

 

あぁ、私はおしどり夫婦の片割れに恋してしまった

ようだ。そして、悲しいかな片割れに何もかも及ぶ

ところがない。


「ごめんね、本間さん。置いてけぼりにしちゃって…

ちなみにどこで北条と知り合ったの?」


いよいよ暗闇へと陥るさなか。聞き慣れぬ声。

唐突に話しかけられた。


「オープンスクール…みたいなので…」

 

おかしな口調で応えると、緊張しなくても…とでも言うように、笑みを浮かべた。


「いい後輩だよね」


「いい子だよ!」


 そう言って肩を組んだ。うれしいはずの気持ちはどこかに消えていた。 


帰宅してすぐ、私は物思いにふけった。

何で勝てるか。


ふと脳を巡った、一つの言葉。


「私には水泳以外に取り柄がない」


いつも耳する、あの人の何気なく、明後日の方向を

見て言う口癖。

  

水泳だ。極めよう。

 

その日からは早かった。

なにかに追われるように、必死に練習した。


クロールの型を完成させたと思えばタイムを同学年で首位程に縮め、背泳ぎをすぐに。そして難関の平泳ぎをやすやすと習得した。そして今日、バタフライを

50m泳ぎきった。

  

誰もが眼を見張るほどの成果。一時は経験の有無を疑われたほどで、目の前に出世街道がまっすぐに見えている程だ。


しかし、私の目の前にある道、その遠いゴールは

誰でもない、北条さんなのだ。


へとへとになりながら、プールサイドに上がった時、

同期や上級生から歓喜の声が。

中でも北条さんは一番喜んでたと言っても過言では

ない。それも、プールサイドではご禁制の小ぶりな

ジャンプまでして飛び跳ねて。


時は来たれり。今日しかない。


そこからは早かった。

北条さんを図書館裏に呼び出した。

 

夕陽も入らない少し暗い場所で、  

蝉の声がかすかに聞こえる中、人の気配に振り返る。


北条さんは、笑みを残しつつ、すこし改まっていた。


「どうしたの?」私の気持ちは溢れ出した。


「全てが好きです!付き合ってください!」

 

 永遠でないはずの短い間が広がる。耐えるに耐えられず、ちらりと先輩の口元を見ると、少しきっとなったあと、また戻って口が開いた。

 

「気持ちだけ、受け取るね」


唖然とした。それ以外に何も無い。

自分の中のすべてが崩れ落ちる気がした。

心臓が破裂し、肉に血を染み込ませ、胃液が周囲を溶かしているかのような。


「そんな…北条さん…どうして…」 


 あの時感じた嫉妬心や努力の原動力の源は、

確実に貴女への「好き」だった。、

私には泳ぎ以外取り柄がない。たしかに貴女はそう言って…そう言う貴女は私を褒めてくれたのに…!


今思えば、何もかもが私の思い違いだったのかもしれない。勝負の土俵自体がそもそもなかった。


私は、自己批判の涙で霞む視界の中、優しい

手つきで背中を擦られながら嗚咽を響かせていた。


少し沈着し、口がきけるようになった頃、


「どうして…断るんですか…」


「私は貴女が大事だからだよ」


我儘と思える一言の後、彼女は続けた。

  

「好きっていうのはさ、私みたいなのに使っちゃ駄目だよ。私はそう思ってる……。今までで一番、貴女が大事。

だって貴女は……。いやなんでもない。」


歪む視界と詰まる息。

この2つの眼の前に確かにいる。

手を伸ばすまでもない。

それどころか抱き合っている。

息遣い、鼓動までも聞こえる。匂いも然りだ。

 

しかし富士山より高く手が届かない。

一体誰が届くだろうか?まさかあの人なら?

いつも仲良くしている、あの人なら。


「せっかくの顔が台無しだってば…これで拭きな?」


なんとか手に取った絹の白いハンカチは、

うっすらと、いよかんの香りがした。




 1年後。

 北条さんと清原さんの関係は変わらないように、

私と北条さんの関係も変わらない。

よくよく考えれば、おかしかった。女の子が女の子に恋をするというのは。北条さんが言うとおり、大事ではなく、好き…安易で軽率なそれだったんだ。

 

 そんな私にも後輩ができた。

後輩とは可愛い存在だ。自分より背が低くて、幼くて、あどけなくて、ついてきてくれたらなおさら可愛い。我が子…は居ないが、それほどには可愛いし、

またそうだろう。

 

後輩と帰る日々にある時、北条さんも待ち合わせまで行くことになった。


 いつもの場所、いつもの時間で、後輩はいつもの

ように待ってくれていた。

近づいて、私から声を掛けると走って近寄ってきた

のもつかの間、立ち止まってしまった。


何があったんだろうなどと思っていると、

耳元で声が聞こえた。


「懐かしいね。この光景。」


私も後輩も、同じような顔をしていた。

 

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