おばあちゃん医師とおばあちゃん看護師の熱いバトル
随分前のことなのだけど、東京へ引っ越してきてしばらく経ったある日、かみさんが体調を崩したので、ネットで近所の診療所を調べてそこへ連れて行った。古い建物の診療所だった。
お医者さんは、八十歳くらいの可愛らしいおばあちゃん先生だった。とてもやさしい感じの方だ。かみさんは片言しか日本語が話せないので、僕がそばに立って通訳をした。
おばあちゃん先生は丁寧に診察してくださったのだけど、いかんせんもうお歳なので、自分の言ったことを話したそばから忘れてしまう。おばあちゃん先生が「あれ」とさっきなに言ったっけという仕草をしばしば見せるので、僕は何度も「さっき先生はこうおっしゃいました」と伝えた。
その診療所にはこれまた八十歳くらいのおばあちゃん看護師さんがいた。
おばあちゃん看護師は、「あなたには言いたいことが山ほどありますよ」といった感じで唇をわなわなと震わせながら憎らしげにおばあちゃん先生に接する。どうやら、長年一緒に仕事をしてきたものの、愛憎入り混じる複雑な関係のようだ。
採血検査することになった時、おあばちゃん看護師は、
「先生、どうぞ」
と注射器をそっけなくおばあちゃん先生へ渡す。私は採血なんて絶対にしませんからと顔に書いてある。
しかたなさそうな顔をしたおばあちゃん先生は、老眼鏡をかけてかみさんの腕を取る。
かみさんは看護師泣かせだ。血管が見えにくい。
おばあちゃん先生はかみさんの腕を取り、どうしたものかと首を傾げる。
その様子を見ていた意地悪なおあばちゃん看護師は、あなたのことなんか知らないからと冷たい視線でおばあちゃん先生を睨みつけてどこかへ行ってしまった。手伝ってと言われるのが嫌だという感じがありありと出ていた。
かみさんはやおら肘の裏をパンパンパンと叩き始めた。数回叩くと、青い血管が少し浮き上がって見えた。
「プチプチ」
かみさんは意味不明な言葉を発する。
後で聞いたところでは、血管が浮き上がった様子を独自の擬音語で表現したのだそうだ。なんだかプチプチした感じだったからと。
おばあちゃん先生も、
「プチプチ」
と言って嬉しそうにうなずいた。
おばあちゃん先生が注射針をかみさんの腕に刺す。するすると血が流れ出る。おばあちゃん先生は満足そうな笑顔を見せた。
そこへ、意地悪なおばあちゃん看護師が戻ってきた。
おばあちゃん看護師は血がたっぷり入った採血管を見て驚いた顔をする。
おばあちゃん先生がちゃんとできたわよと誇らしげな顔をすると、おばあちゃん看護師はぷいっと横を向いてまたどこかへ行ってしまった。
無事に採血が終わり、処方箋をもらって診療所を出た。
僕とかみさんは大笑いした。
なんだか漫画みたいな二人のバトルだった。
その後、おばあちゃん先生は引退して診療所を閉めた。
先生も看護師さんも元気にされているといいねと、診療所の近くを通るたびにかみさんと話したりする。