花見とチューリップ泥棒
天気がいいので上海の世紀公園へ散歩に行ってきた。
世紀公園は上海の東側にあるとても大きな公園だ。
地下鉄に乗って公園の前へいくと、午後一時半だというのにものすごい人だかりだった。公園のチケット売場の前はかなりの行列になっている。チケットは一人十元(約一六〇円)。窓口にたどり着くまでニ三十分はかかりそうだ。
「一枚二十元だよ」
まっ黒に日焼けしたダフ屋のおじさんが叫ぶ。
――二十元か。ちょっと高いな。
そう思っていると、ダフ屋のおじさんは、
「一枚十五元な」
と小声で僕の奥さんに言う。奥さんはすかさずダフ屋からチケットを買った。一枚当たりの手数料が五元と思えば、こんなものだろう。叔父さんは再び、
「一枚二十元だよ」
と通行人に向かって声を張り上げる。手にしたチケットには、今日の日付が印刷してあり、当日限り有効と書いてあった。今日中にすべてのチケットをさばかないといけないから、ダフ屋の商売もなかなか大変かもしれない。
入口では職員がチケットをもぎるのだけど、彼は半券を返してくれない。ある程度チケットがたまったところで、半分をもぎって台のうえにばさっと置く。半券の必要な人は勝手に持っていけということだ。かなりアバウトなやり方だけど効率はいい。入口の行列がスムーズに流れる。
公園のなかは人がぞろぞろ歩いている。清明節休暇の三連休ということもあって、家族連れが多い。なんでも、この連休中に毎日十万人がこの公園に訪れるそうだ。十万人といえば、満員の甲子園球場二つ分だ。散歩客は入れ替わり立ち替わりくるので、いっときに十万人が公園にいるわけではないけど、それにしてもかなりの人数だ。さすが中国というべきか。
公園のなかをぶらぶら歩いていると、
「桜よ」
と、奥さんが嬉しそうに言う。
遊歩道の両側に桜が植わっている。ちょうど満開の見ごろだった。綺麗だ。人がぞれぞろ歩き、思いおもいに写真を撮っている。
「桜って花びらが五枚なのね」
奥さんは興味深そうに言う。
桜の品種はソメイヨシノだろうか。花びらの形はソメイヨシノといっしょなのだけど、若干大きくて白い。
「桜ってどれくらい咲いてるの?」
奥さんは僕に訊く。
「一週間か、せいぜい十日間くらいだろうね」
「短いのね。今日きてよかったわ」
桜のトンネルを抜けてまたしばらく歩くと一面の菜の花畑になった。一面の菜の花は壮観だ。菜の花畑のなかをてくてく歩くと気持ちいい。風がさわやかだ。
菜の花畑を抜けて広い公園をぐるりと回る。
歩道の植え込みにいろんな色のチューリップが植えてあった。花屋においてあるそれよりも花びらがかなり大きい。特別な品種のようだ。僕はチューリップの写真を撮ろうとした。
スマホの画面を見ながら構図を調整したのだけど、どうもなにかがおかしい。あれと思ってよく見てみると、チューリップのいくつかが手折られていた。誰かが花を持って行ってしまったのだ。
ちぎれたチューリップが映らないように角度を調整しながら赤やオレンジや黄色の写真を撮っていると、すこし離れたところでチューリップを眺めていたおばさんが、やおらちぎれたチューリップを引っこ抜く。彼女はさっと茎を折って球根だけ手に取り、ポケットに入れて走り去った。あっという間の出来事だった。チューリップがあまりにきれいなので自分で栽培してみたくなったのだろう。自分に素直だ。
二時間ばかり散歩してくたびれた僕たちはベンチですこし休憩してから、公園を出てコーヒーを飲みに行った。