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識字の普及から見た中国


 日本において若者がほぼ読み書きできるようになったは一九二五年頃と思われる。日本の識字率は地域によって差が激しかったから、それよりももっと前に若者がほぼ読み書きできるようになっていた地域があったかもしれないが、日本全国でそのようになったのはだいたい大正時代の終わりから昭和のはじめくらいと見ていいのだろう。今から九十年ほど前のことである。今ではほぼ百パーセント。識字率の調査もその必要がないと行われなくなったほどだ。

 大陸中国の識字率は、一九七〇年で約五十パーセントだった。人民の半分は読み書きできなかったことになる。それが一九八〇年には七十パーセントへ上がり、一九九〇年には八十パーセント、二〇〇〇年には九十パーセントを越えた。今では約九十五パーセントくらいだという。このデータがどこまで正確なのかはわからないが、この数値からみれば、若者がほぼ読み書きできるようになったのは一九九〇年くらいのこととみていいのだろう。今から四半世紀前のことだ。日本より六十五年ほど遅れて識字が普及したことになる。

 僕は、これまでに中国で読み書きのできない人に何人も出会ったことがある。自分の名前を書けない人すらいた。そんな人たちは、文字を書く必要のない安い単純労働で働いている。農村で育ち、子供の頃から農作業の手伝いや家で子守りをして学校へ行かせてもらえなかったケースが多い。

 広大な土地に十何億人もの人間がひしめいている国で識字を普及させるのは並大抵のプロジェクトではないと思うが、中国で識字の普及が遅れた原因には文化大革命も挙げられる。

 一九六七年から一九七七年までの約十年間、中国は文化大革命が行われた。この時代は知識が悪とされ、ろくな学校教育が行われなかった。中学生以上は「知識分子」とみなされ、生徒は思想改造のために農村へ送られて強制労働に従事した。

 一九九〇年に識字率が約八十パーセントに達して若者がほぼ読み書きできるようになったのは、一九七八年あたりに学校が再開されて、子供が学校でまともな教育を受けられるようになったからだろう。

 もちろん、いわゆる文革世代のすべての人たちが読み書きできないわけではない。むしろ読み書きできる人のほうが多いのだが、この世代の人たちに話を聞くと、

「自分たちはろくに教育を受けなかったせいで学がない。小学生程度の知識しかなくてむずかしいことはわからないから、いい仕事には就けない」

 と自嘲気味に嘆いたりすることがわりとある。実際、文革世代の子供で高等教育を受けた人たちが、中国にとっては新しい産業で専門知識を必要とする仕事に就き、親の何倍もの収入を稼ぐケースが多数あった。ともあれ、教育によって人生が変わることをまざまざと実感しているのが文革世代ということになりそうだ。

 産業の発展には識字の普及が欠かせない。マニュアルを読んだり、書類を作成しなけば仕事にならない。識字率が低いままで産業革命に成功した国はない。中国が世界の工場となってここまで経済発展できたのも、高い識字率があってこそだ。

 ただ、識字が普及したからといってすぐに近代的な仕事をしっかりこなせるようになるかといえば、そういうわけでもなさそうだ。

 中国で仕事をしていると中国人スタッフの事務処理能力の低さに難儀させられてしまうことがしばしばある。几帳面すぎる日本人とは違って、よくも悪くも大雑把な中国人の国民性もあるのだろうが、簡単な処理や確認がいつまでたってもできなかったりする。要するに基礎力が低いのだ。基礎ができていないから、応用力も乏しい。創意工夫が求められる新しい業務になると立ち尽くしてしまい、にっちもさっちも動かなくなることもしばしばだ。

 読み書きができるようになって知識を身に着けた世代が子供を育てて、その子供にさらに知識を身に着けさせる。このサイクルを三世代、四世代と繰り返さなければ、人民が全体的に基礎力を身に着けるという状態にはならないのかもしれない。中国の西欧近代化は始まってからまだ四半世紀しかたっていない。国全体が成熟するまでには、おそらく数十年という単位の時間でまだまだ時間がかかるのだろう。



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