表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
375/519

磯庭園(鹿児島)の御庭定食

 かつて「九州ワイド周遊券」というJRの切符があった。

 九州のなかの在来線は乗り放題。特急と急行も自由席なら乗車できた。有効期間は出発駅から九州までの距離によるけど、大阪からはたしか十日から二週間くらいはあったと思う。

 高校生の夏休みにこの周遊券を学割で買って、九州へ出かけた。新幹線に乗ると別に新幹線代を払わなくてはいけないので、大阪から東海道本線と山陽本線の在来線を乗り継ぎ、夜になって門司へ到着した。

 当時、九州島内を夜行急行が走っていた。門司港から博多・熊本経由で鹿児島本線を通って西鹿児島へ行く「かいもん」と、同じく門司港から大分・宮崎経由で日豊本線を走行して西鹿児島へ行く「にちなん」の二本だ。もちろん、それぞれその逆を走る上り列車もある。車両編成は、14系寝台車と12系客車を組み合わせたものだった。

 ホテルに泊まると高くつくから、毎晩、どちらかの急行列車の自由席へ乗りこみ、ボックスシートで寝た。汽車泊をしてホテル代を浮かせたわけだ。夜、門司港もしくは西鹿児島の駅を出発して、早朝、西鹿児島もしくは博多、門司に着く。そして、到着駅からローカル線に乗ったり特急に乗ったりして九州各地のほうぼうへでかけ、夜になるとまた西鹿児島か門司港へ戻って急行列車に乗る。そんなふうにして九州をぐるぐる回った。僕は夜汽車のなんともいえないけだるさをふくんだ静かな雰囲気が好きになった。夜汽車のなかで、同じように汽車旅をしている人たちと知り合い、楽しくおしゃべりをしたりもした。

 ある日、西鹿児島駅へ着いてから路線バスに乗った。大きなリュックサックを背負ってバスのなかで立っていると、

「どこへ行くの」

 と、地元のおばあさんに話しかけられた。

「磯庭園へ行きます」

 と答えると、おばあさんはうんうんと満足そうにうなずき、いいところだからぜひゆっくり見ていらっしゃいというようなことをいう。生まれて初めて鹿児島弁で話しかけられたので新鮮だった。磯庭園のバス停に到着したとき、おばあさんはここだから降りなさいと教えてくれた。

 磯庭園は、江戸時代に島津のお殿様が造った庭園だ。なかはかなり広い。幕末の頃は、この庭園の一角に反射炉を据えて西洋式の製鉄したり、ガラス工場があったりしたそうだ。文明開化の先駆けのようなところでもある。

 さすが島津のお殿様のお庭だけのことはあって、とてもきれいだった。のんびりゆったり散歩できた。鹿児島湾の向こうにそびえる桜島が見える。天気もよくていい眺めだ。

 お昼時、庭園のなかのレストランへ入った。「御庭定食」と書いたセットメニューがある。なんでも島津のお殿様が食べていた鶏ガラスープのお茶漬けだそうだ。奄美大島の伝統的なおもてなし料理なのだとか。さっそく注文してみた。

 大きなお椀にほかほか御飯が盛ってあり、鉄製の急須に鶏ガラスープが入っている。そのスープをさらさらっと御飯にかけ、別のお皿に盛ってある細くほぐしたゆでた鶏肉や錦糸卵や椎茸をのせる。のりをてのひらでぐしゃっとつぶして、ふりかければ完成だ。御飯に鶏ガラスープをかけるわけだから、正確にいえば「お茶漬け」ではなく、鶏ガラスープ漬けになる。

 おいしかった。

 スープはあっさりした上品な味だ。御飯によくあう。がばっとかきこみたいところだったけど、一気に平らげたのではもったいない気がして、すこしずつ味わった。満足した。

 三十年ほど昔のことだけど、あまりにもおいしかったので鮮明に覚えている。機会があれば、ぜひもう一度食べたみたい。



※ネットで調べてみると、今は「御庭定食」という料理名がほかの名称へ変わったようです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=280517787&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ