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人さらいの映像を見ながら


「ねえ見てよ」

 スマホを持ってきた家内がある動画集を僕に見せた。

 中国の街角には、いたるところに警察(公安)が設置したカメラがあり、派出所へ行くと奥にそのモニター画面がずらりとならんでいるのが見えたりするのだけど、その中国各地の街角の監視カメラの映像をあるテーマに沿って編集したものだった。

 テーマは「人さらい」。

 中国各地で監視カメラがとらえた人さらいの現場が次から次へと流れる。


 人通りの多い白昼の商店街。

 三歳くらいの子供が母親の近くでぶらぶら歩いている。傍にいた中年の男がその子をあやすように手を差し伸べたかと思うと、やおら抱きかかえて連れ去ろうとした。あわてた母親が我が子に飛びつき、男ともみ合いになるが、男は母親を振り払い、その子を抱いたままどこかへ走り去った。


 小さな売店の前でよちよち歩きの子供が一人で遊んでいる。

 乗用車が止まり、ドアを開けて男が飛び出してきた。男は、さっとその子を抱いて車へ連れ込む。車は急発進して走り去る。あっという間のできごとだった。


 住宅街の通り。五十過ぎの初老の女性が赤子を抱いてあやしている。おそらく彼女の孫だろう。丸刈りのいかつい男が近づいたかと思うと、初老の女性の腕から強引に赤子を奪い取ろうとする。初老の女性は必死になって赤子を手放すまいとふんばる。しばらく揉みあいになった後、男はあきらめて走り去った。周囲には何人か人がいたが、傍観するだけだった。


 幼稚園くらいの子供が歩道を一人で歩いている。後ろから二人乗りのスクーターがゆっくり近づく。後ろに坐った男が腕を伸ばして子供の襟を摑んでさっと片手で吊り上げた。子供をさらったスクーターはそのまま走りさった。


 人さらいの動画は十数本あったのだけど、最後まで観ることができなかった。見るに堪えない。小さな子供を持つ親なら背筋が凍りつくような映像だ。

 人さらいはどれも白昼堂々と子供をかっさらおうとする。それもかなり荒っぽい手口だ。鬼畜としか言いようがない。

「今の中国は道徳の底が抜けちゃっているのよ。こんな社会に前途なんてないわ」

 家内はぽつりと言い、

「これでわかったでしょ」

 と僕を見つめる。

「人さらいだらけなんだね。わかったよ」

 僕はうなずいた。

 中国では小学生の通学の際、親か祖父母が必ず送り迎えをする。朝の登校時間になれば小学校の前の道に子供を送りにきた車が押し寄せて渋滞する。下校時間には門の前で家族が子供を待ち受ける。親は仕事をしているから、たいていは小学生の祖父母だ。彼らが必ず付き添って連れ帰る。僕は家内に、「そんな過保護なことをすると子供のためにならないからやらないほうがいい」と言ったことがあった。

「日本だと子供が自分でバスや電車に乗って通学するのが当たり前かもしれないけど、中国でそんなことをしたら、すぐにさらわれてしまうわよ。誰だって子供を失いたくないでしょ」

「まあね。国情が違うってことだね」

 僕は言った。

 身代金目的の誘拐もないわけではないけど、その数は少ない。人さらいは身代金の要求などといったまどろっこしいことをせずに、そのまま子供を売りさばいてしまう。

 赤子の場合は農村へ売る。子供のいない夫婦が買うのだ。とくに男の子は跡継ぎにできるため高く売れる。言葉を覚える前の子供は腕をへし折ったり、足を切ったり、目をえぐったりしてわざと身体障害者にしてしまい、街角で物乞いをさせる。乞食はかなりのいい稼ぎになる。その子は大人になっても、一生物乞いとして生きてゆかなければならない。言葉を覚えた子供は腑分けして臓器を売る。女の子の場合は売春させることもある。

「さらわれた子供を探すために仕事をやめて、食うや食わずの生活をしながら十何年も駆け回っている親だっているのよ。警察へ届け出たところで、まじめに捜索してくれるわけじゃないしね。こんな風だから、中国ではお金持ちになるとみんな先進国の治安のいい場所へ移住しちゃうのよ」

 話を聞いていて悲しくなってしまった。

「中国はどうしようもない」といったことは、家内に限らず多くの中国人が口にする。自分の国の問題は根深いとわかっているのだ。だが、誰も変えようがない。身内とお金しか信用できないという社会の仕組み――つまり、他人をまったく信頼できない仕組み――になっていて、そこから誰も逃れようがない。逃れるとすれば、外国へ行く場合だけだ。

 経済発展した中国は豊かな国になった。だが、経済発展の先に出現したのは、安心して子供を育てられない社会だった。どこの国にも暗黒面はあるものだし、中国より治安の悪い国はいくらでもあるけど、いつも人さらいにおびえながら暮らさなければならない社会は、決していい社会とはいえないだろう。他人をまったく信頼できない社会は恐ろしい。もしかしたら中国人は悲しい国の悲しい人民なのかもしれない、とふと思った。



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