牧師になれなんてむちゃなことを言う
「あなた、神学校へ通ったら」
最近、家内が妙なことを言い出した。
「は?」
僕はわけがわからなくて訊き返した。
妻の家はクリスチャン一家だ。一番上のお姉さんの旦那さん――つまり僕の義兄はアメリカで牧師をしている。もっとも若い頃から牧師をしていたのではなく、五十歳すぎまで商売をしていたのだが、商売はもういいから神様に仕える仕事をしたいといい、家族を連れてアメリカへ渡ってアメリカの中国人神学校へ入学して、それで牧師になった。義兄も義姉も上海人だ。
「お義兄さんみたいになれってこと?」
「そうよ」
家内は楽しそうだ。
「僕はクリスチャンでもないし、第一、牧師だなんてぜんぜん向いていないよ」
「そんなことはないわよ。あなたは牧師が似合っているわ」
「はあ?」
それから家内は、つい最近、義兄と義姉が夫婦喧嘩したことを語った。なんでも、怒った義姉が「いいわよ。私は家を出ていくから。離婚しましょ」と冷たく言い放ったところ、義兄はしょげかえってしまったそうだ。やっとのことで念願がかない牧師になれたのに、離婚なんかしてしまったら牧師を続けることができない。家内の一家が属している教会では離婚は御法度だという。義兄はすっかりおとなしくなってしまったとか。
「なるほど、狙いはそこか」
僕はようやく合点がいった。
「僕が神学校へ通って牧師になれば、僕は君と離婚できない。離婚以前に浮気できない。夜のお店へ行って若い女の子にお酌してもらうこともできない」
「太ももも触れないわよ」
「そんなことしてない。お酒を注いでもらって、カラオケの歌を入れてもらうだけだ。第一、君と結婚してから僕は行ってないだろう」
「でも隙があれば行こうとするのよね」
「まあね。たまには発散しに行ったっていいだろ」
「だめなものはだめ。牧師になればそんな店へ行きたいとも思わなくなるわ。そういう店で若い女の子とできちゃって、妻を捨てる男はたくさんいるんだから」
「あのさ、神様を利用して旦那をがんじからめに管理しようとするはよくないと思うよ。なにかあったら、義姉さんみたいに離婚を持ち出して、僕を脅迫して、言うことをきかせようとするんだろ」
「あなたのためを思ってのことよ。神様を利用なんかしてないわ。そうでもしなければ、あなたはなにをするかわからないじゃない。中国へきた日本人は悪い遊びをいっぱい覚えるんだから」
「それは否定しない。実に楽しかった」
「ほら」
「だから牧師なんてできやしないよ。それに神学校って三年あるんだろ」
「そうよ」
「その間、生活はどうするの?」
「私が稼ぐわ」
「そうしてまでも旦那をおとなしくさせたいの?」
「うん」
家内はまじめにうなずく。
すごい執念だなと思うのだけど、神様がこれを聞いたら、いったいどう思うことやら。




