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「価値」の牢獄からの脱出

 小説を商品として売り出そうと思えば、他人のための使用価値があるものを書かなくてはいけない。

 当然のことだけど、商品というものは、他人が使用価値を感じてなんぼのものだ。自己満足だけの「商品」を出しても、誰も相手してくれない。化粧品でも、トイレットペーパーでも、コンビニ弁当でも、車やバイクでも、消費者がこの商品には利用価値があると判断しなければ、買おうとしない。他人が買ってくれないかぎり、商品は商品になれない。他人が買ってくれない商品――つまり不良在庫はただのガラクタにすぎないから。

 それではひるがってみて、小説の使用価値とはいったいなんなのだろう?

 エンタメの場合は、わかりやすいかもしれない。

 読者に楽しんでもらってなんぼだ。

 ドキドキハラハラ、スリル、ユーモアといった愉快さを読者が感じるか、ここに小説の使用価値がある、とこんな風に単純化して言ってしまったら、エンタメの書き手に怒られてしまうかもしれない。だけど、読者が楽しめるかという一点にエンタメ小説の価値がかかっていることには異論がないと思う。

 それでは、純文学の場合は?

「恥の多い生涯を送ってきました」(太宰治『人間失格』)

 だとか、

「彼らが代表している人間というものを憎む事を覚えたのだ」(夏目漱石『こころ』)

 などと書いている小説の利用価値っていったいなんだろう?

 簡単に言えば、商品とは「世間のご機嫌を取る」ものだ。ご機嫌を上手に取れば取るほど商品は売れ行きがよくなる。お金が儲かる。だけど、こんなフレーズではとても世間のご機嫌を取れそうもない。むしろ、反発を買ってしまうだろう。


 僕は純文学系の書き手だけど、そもそも使用価値なんて考えて書いたことがない。わかりやすく丁寧に書くよう心がけているつもりだ。だけど、商品としてどれほどの価値を出すのか、ということにはまったく関心がない。

 僕の関心は、使用価値の高い小説をいかに書くかということよりも、自分の抱えている課題をどうやって解決するのかという一点にある。自分を救いたい。自分が救済されたい。だから、その方法を探る手段として小説を書いている。自分のために書いている。自分を救済したいのなら、特定の宗教に帰依するという方法もあるけど、僕の場合、そうはならなかった。神様や仏様をだしにして金儲けする人たちは、どうにもいかがわしく思えてしまう。

 もちろん、自分のために書くのだとはいっても、なにかを読者とわかちあえたら、これほどうれしいことはない。小説のエッセンスに触れたそんな感想をいただいた時は、小説を書いてほんとうによかったと思う。いささか大袈裟かもしれないけど、すべてが報われた気がする。人生は孤独なものだし、自分の課題は自分で背負うよりほかにないのだけど、それでもやっぱり、ひとりでは生きていかれないから。


 価値というものは相対的なものだ。

 乱暴かもしれないけど、思いきり単純化して言うとこうなる。

 Aの価値がBの価値を凌駕したときのみ、Aは値打ちがあるものとなる。しかし、Aの価値がBの価値を下回る時、Aには価値がない。

 純文学で価値を追い求めて、その果てになにがあるのだろう? なんにもないような気がする。袋小路にはまってどこへも行けなくなるような気さえする。これは懐疑的過ぎる見方かもしれないけど。

 僕は、価値よりも意味を追究したい。世の中がどう変化しようとも、変わることのない意味をつきつめたい。意味とはもちろん人生の意味だ。この生の意味だ。

 日常の生活では、使用価値の檻のなかで暮らすしかない。僕自身、商品を使用価値をあれこれ比べてものを買っているし、逆に職場では僕の「労働力」という価値を測られ、使い物にならないと判断されれば切り捨てられる立場にある。だけど、せめて小説を書いている時くらい、価値の牢獄から抜け出して、どこか遠くを目指してみたいものだと思う。




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