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定年離婚予告?


 いっしょに暮らし始めてまだ二か月の奥さんに早くも定年離婚を予告されてしまった。僕が悪いんだけどさ。

 春節休暇の間は一週間ほどずっと奥さんといっしょにいた。奥さんの親戚の家へ行って親戚の集いに参加したり、浦江飯店へ行って午後茶をしたり、カラオケボックスへ行っていっしょに歌を歌ったり、家でお好み焼きを作ったりして楽しく過ごした。

 そんなある夜、奥さんは僕の古い携帯電話をいじりはじめた。そして奥さんは、僕が広州にいた頃、奥さんに内緒で夜遊びへ出かけた証拠を発見してしまったのだ。しかも、その頃はちょうど奥さんの体調が悪い時だった。二晩連続で夜遊びへ出かけるとはさすがに言えなくて、黙って行ってしまったのだ。もちろん、その時の着信済みのショートメールは消しておいたのだが、送信済みのショートメールを消しておくのを忘れていた。頭隠して尻隠さずである。

「日式カラオケ(女の子がついてお酌してくれるカラオケ)へ行ったの?」

 奥さんはぶすっとして言う。

「そうだよ」

「わたしに内緒で行ったのね」

「僕が悪かったよ。歌いに行っただけで悪い遊びはしていないからさ」

 僕はなだめようとしたのだが、奥さんは無視して寝室へこもってしまう。ベッドへ入ってからもなだめようと声をかけたのだが、奥さんはだんまりを決め込んで一言も口をきかない。

 夜、寒さで目覚めた。後で聞いたら、僕が掛布団を蹴飛ばしたので、奥さんは僕を懲らしめてやれと思いエアコンを切ったのだとか。奥さんは怒りのあまりよく眠れなかったそうだ。僕は寒さで目覚めた以外は、いびきをかきながらぐっすり寝た。それがまたよけいに腹立たしかったとか。わたしがこんなに怒っているのに、あなたはなんで寝てるのよ、と。

 翌日も奥さんはずっと不機嫌なままだ。言い訳も謝罪もちっとも聞いてくれない。

 こんな時、上海人の女の子をなだめる方法は一つしかない。高価なプレゼントをするか、御馳走するかのどちらかである。このあたりが都会っ子だなあと思うのだけど、相手にお金を遣わせることで、復讐心を満たし、なにがしからの満足感を得るのである。中国の田舎へ行くと夫婦でつかみ合いや殴り合いの喧嘩をしたりするところもあるけど、上海ではそんな風にはならない。とにかく、相手の財布に打撃を与えるのがいちばんの仕返しになる。

 手痛い代償を支払う約束をして、なんとか機嫌をなだめた。

「どうして日本の奥さんが定年離婚するのか、よくわかったわ」

 奥さんはしみじみ言う。以前、彼女は日本のテレビドラマの定年離婚のシーンを見て、なぜ老人になってから離婚するのか理解できない、日本人の奥さんは不思議なことをするとしきりに首をひねっていた。

「日本人の旦那さんは夜遊びばかりするから、日本人の奥さんはすごくうらんでいるのよ。それで、旦那さんが定年になって女の子に相手にされなくなったのを見計らって、離婚してやって復讐するのね。年金暮らしの男なんか誰も相手にしないものね。後はみじめったらしく孤独に暮らせばいいのよ」

「なるほど」

「わたしも六十五歳になったら、あなたと離婚するわ」

「ええっ!?」

 定年って六十歳じゃなかったのかなあと思いつつ、彼女の誤解によって僕は五年間分儲けることになるのかなと計算してみたりする。

「そうかあ、君と一緒に暮らせるのはあと二十年ちょっとだね」

 僕が言うと奥さんは楽しそうにころころ笑う。

「そうよ。六十五歳になったら、あなたは今まで遊んだ分の報いを受けるのよ。若い小姐おんなのこの手を握って、腰を抱いて、太ももを触って、甘いお酒を飲み過ぎた代償を払うのよ」

「あまり明るくない未来だな」

「悔い改めるなら今のうちよ」

「僕の遊びなんてかわいいものだよ。僕なんかよりずっと気合いを入れて遊んでいる人なんていくらでもいるもの」

「あなたがお酒を飲んで女の子の手を握っている時、あなたはわたしを裏切っているのよ」

「厳しいなあ」

 僕はぼやいた。とにかく、奥さんとしては浮気につながる芽は全部摘み取っておきたいということのようだ。そういえば、昔、チューリップの財津さんが「わがままは男の罪、それを許さないのは女の罪」って歌っていたっけ。『虹とスニーカーの頃』だったかな。

「ところで、定年離婚だけどさ、夜遊びもあるかもしれないけど、僕は日本人の旦那さんは愛情表現が足りないからだと思うよ」

「どうしてそうなのかしら?」

「生活の習慣のなかにそういうのがないからね」

「そんなのだめよ。旦那さんが愛情表現してくれるから、奥さんはがんばれるのよ」

「そうなんだけどね」

「野鶴さん」

 奥さんは目を吊り上げる。

「あなたは愛情表現だけでごまかそうとしてない? ハグしたり頬っぺたにキスしたりだとかそんな表現だけじゃだめなのよ。それでわたしが誤魔化されると思ったら、大間違いよ。大事なのは行ないなのよ。あなたが悪い遊びへ行ったら、わたしはなんとなくわかるんだから」

「女の第六感かあ。わかったよ」

「さもないと――」

「わ、わかったからさ!」

 六十五歳になっても、甲斐性があって、ダンディで、若い女の子をばんばんゲットできるようなら「ふん」と言い返してやるところだけど、あいにくそんな自信はまったくない。こうやってだんだん奥さんの尻に敷かれてしまうんだろうな。もしかしたら、僕のようなふらふらとした輩は、尻に敷かれちまったほうが、落ち着いた穏やかな暮らしを営むことができるのかもしれないけど。


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