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とにかく居留手続きは終わったけど

 尖閣諸島問題で日中関係が悪化していた時、僕は中国の居留手続きの最終段階に入っていた。もし日中関係がこじれにこじれれば、居留許可が下りない可能性もあった。報道によれば、一説には中国は報復措置として短期のノービザ渡航を取りやめることも検討していたのだとか。もしそれが本当だとすれば、ノービザ渡航取りやめの次の報復手段として日本人には居留許可を出さないという措置もあったかもしれない。

 中国で働く場合、かなり煩雑な手続きを取らなくてはいけない。


 1、近所の公安へ行って「外国人臨時住宿登録」を申請。

 2、会社が外国人就業許可証(臨時版)を申請して取得。

 3、外国人就業許可証(臨時版)と会社がそろえた各種書類を持って香港へ行き、労働ビザ(Zビザ)を申請して取得。

 4、再び近所の公安へ行って「外国人臨時住宿登録」を再申請。

 5、会社が外国人就業許可証(正式版)を申請して取得。

 6、出入境ビルへ行き、外国人居留許可証を申請して取得。

 7、三度みたび近所の公安へ行って「外国人臨時住宿登録」を再々申請。


 ざっとこのような手順を踏む。僕もたいへんだけど、会社の総務もたいへんだ。

 以前はこの手続きも簡単で時間もそんなにかからずに取得できたそうなのだけど、一年半前に僕が同じ手続きをした時は、春節(中国の旧正月)休みをはさんで、二ヶ月半かかった。今度は、五か月だ。

 この間、旅行ビザでしのいだのだけど、二回香港へ行って三か月の旅行ビザを申請した。香港へ行けば、路面電車や渡し舟に乗って街ぶらぶらしたり、香港島のそごうデパートに入っている旭屋で本を買ったりできていい気分転換になるのだけど、出費もばかにならない。なにせ、広州で一杯六元の麺が香港へ行くと二十数元もする。

 今年はアジア競技大会が広州で開かれることもあって、外国人の就業手続きは特に厳しいのだとか。いちばん厳しかったのは北京オリンピックの前後だそうだ。そのときは、香港で労働ビザを取得できなくなり、いったん日本へ帰り、日本の中国大使館や領事館で申請しなくてはいけなかったという話を聞いた。テロを警戒してのこともあるだろうが、本質的には中国の態度が変わってきたのだといえるだろう。

 オリンピックの開催によって中国政府も自信をつけてきた。

 以前は外国からの投資は熱烈歓迎だったのだけど、「来たいのならどうぞ」という態度に変わってきた。もちろん、外国からの投資を拒みはしないし、歓迎しているけれども、以前ほど外資の誘致に熱心でなくなったということだ。外資系企業への優遇税制も優遇範囲が縮小された。一時期、外国の企業を優遇して中国本土の企業を優遇しないとはどういうことか、といった論調の中国の国内報道をよく見た。外国人ばかりに儲けさせるのはけしからんと。

 尖閣諸島関連の日本のニュースでは「すわっ、報復措置か」といろんなことが報道されていたけど、ほんとうに報復措置なのかどうかはきちんと見極めたほうがいいだろう。中国にいれば、日本では考えられないようなアクシデントに出くわす。担当者の匙加減一つで物事がころころ変わる。法律はあることはあるけど、中国は法治主義ではなく、基本的に人治主義の国だ。中央政府は法律を守らせようとキャンペーンを張ったりするけど、数千年も続いてきた伝統がすぐに変わるとは思えない。しかも賄賂天国だ。「儲かる」公務員の役職の場合、売官が当たり前のように行なわれている。一筋縄ではいかない国だ。

 広州地区の通関についていえば、アジア競技大会の関係で尖閣諸島問題が発生する前から検査が厳しくなり、通関が滞っている。税関関連のことばかりでなく、このところ、広州はアジア競技大会のためにいろんな物事がやりづらくなっている。なんでもパスポートを携帯していない外国人は罰金五百元だそうで、罰金を取るために公安がやっきになって外国人の集まっていそうなレストランを臨時検査して回っていたこともあった。高速道路の脇には検問ができ、ごくたまにだけど車を止められて検査されることもある。

 そんなこんなで居心地の悪さを感じていたから、もし居留許可が下りなかったら、いったん日本へ戻って別の国へ行く準備でもしようと思っていた。居留許可がおりなかったら、それはそれでしかたのないことだ。よろずにつけて物事を割り切らなければ、この国ではやっていけない。

 日本人学校に瓶が投げつけられたりした事件があったそうだけど、僕個人に関していえば、なにごともなく平穏無事に過ごした。

 国家と人民は別物だ。

 僕は、中国人個々人とのつながりのなかで生きている。いや、生かされているというべきか。個人的なつながりのある中国人の友人たちは、別段普段と変わりなく付き合ってくれた。国家のことは国家のこと、自分たちのことは自分たちのこと、とこんな風に割り切っているところがある。一般の人民は、そもそも自国の政府をあまり信用していない。もちろん、愛国心が燃えることもあるみたいだけど、たいていはすぐに冷めてしまう。時々、日本が中国を侵略したというようなことを僕に言ってくる人がいるけど、僕の見たところでは、そんなことを言うのはその人がこちらに心を開いている証拠だ。幼い頃から、日本は中国を侵略した悪い国だと教えこまれているので、べつに他意はないのだけど、つい口をついてそんな言葉が出てくるらしい。だからそんな時は、

「君の国の政府が君のためにいったいなにをしてくれたんだい?」

 と問いかけるようにしている。そう言えば彼らはすぐに気づく。

「そうだよ。中国の政府ってひどいもんだよ」

 と、今度は自国政府の悪口のオンパレードになる。僕も長い間中国にいる間に行政絡みで何度か煮え湯を飲まされたけど、人民にとってみれば、そんなことは日常茶飯事だ。できるだけ行政とは関わりたくないというのが人民の本音だろう。なかには心底、行政を怖がっている人民もいる。

 話が横道へそれたけど、ある程度の友人なら、国同士が喧嘩したからといって友情にひびが入ることもない。もちろん、利害関係抜きの友人なら、ということだけど。

 ともあれ、居留手続きは無事に終わった。これであちらこちらへ駈けずりまわらずにすむ。ほっとひと息ついた。

 当分、まだ中国にいることになりそうだ。



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