噂の畑
郊外の工業団地は、道路と工場の敷地の間に緑地帯がある。歩道と工場の塀の間を二メートルほど空け、そこに木を植えている。
僕の勤め先の日系企業もその緑地帯があるのだけど、敷地の側面の一部分はなぜか畑になっている。三十坪くらいの土地に菜の花、とうもろこし、大根、茄子、きゅうり、トマト、葱、じゃがいもなどなど、季節の野菜を順番に植えている。近くの農家が耕しているようで、時々おっちゃんとおばちゃんの姿を見かける。
工業団地なので近くには工場がずらりとならんでいるのだけど、そんな畑があるのは僕の勤め先だけだ。ごく当たり前に考えれば、地方政府が企業を誘致するためにばっちり整備した工業団地なのだから、そんなことをさせるはずがない。
「ねえ、あの緑地帯の敷地は誰のものなの? 会社のものじゃないよね?」
不思議に思った僕は中国人のスタッフに聞いてみた。
「会社じゃないわよ。会社の敷地は塀のなかだけだもの」
彼女は不思議そうな顔をする。やさしいお母さんといった感じの三十代後半の女の子だ。
「そうだよねえ」
「たぶん、地方政府のものだと思うわ」
「それじゃ、あの畑は地方政府が農家に土地を貸しているのかな?」
「さあ、わからないけど、あの畑の野菜はおいしいのよ」
彼女はのんびり言う。
僕はずっこけそうになった。
「食べたことあるの?」
とつっこみたくなったけど、やめておいた。たぶん、彼女はきれいな緑の畑を見て、おいしそうだなと思っただけなのだろう。日本人だろうと中国人だろうと、天然ぼけの女の子には勝てない。
「おいしいならそれでいいや。あはは」
僕は笑ってごまかした。もしかしたら、農家が勝手に畑にして耕しているだけなのかもしれない。畑のそばを通るたびに、いつも謎だなと首をひねる。