ボーナスの後
ボーナスが出た。
中国では春節前にボーナスを支給する企業が多い。中国人はこのボーナスを春節の年越し費用にあてる。春節のご馳走の材料費にしたり、帰省のチケット代に使ったり、新しい服を買ったり、圧歳銭(お年玉)にして配ったり。みんなボーナスをあてにしている(日本からの出稼ぎ労働者である僕もボーナスをあてにしている。これがないと日本へ帰るのがきつくなる)。
ただ、なかにはずるい会社もある。
ボーナスを受け取ってすぐに会社を辞めてしまう人や春節に郷里へ戻ってそのまま帰ってこない人もいるから、その対策として、春節の前後二回にわけてボーナスを配るのだ。ボーナスをえさにして、春節の後会社へ戻ってくるようにしむけるわけだ。幸い、今の勤め先は、金額はともかくとして春節前に一括で全部支給してくれるから助かるのだけど。
ボーナスを支給した後、会社側はぴりぴりと緊張した雰囲気になる。現場の作業員が額が少ないと騒ぎ出したり、ストまがいの行為を始めないかと心配になるからだ。
二〇一三年の春節はちょっと厄介だった。
例の島をめぐる反日暴動の後、日本車がぱたりと売れなくなり、会社は大赤字になった。売上回復の見通しは立たず、なにより会社の手持ちの現金が激減した。ない袖は振れないから、ボーナスの支給額は例年の半分以下になった。
案の定、
「こんな少ない金額じゃやってられねえ。仕事なんてしねえから」
と一部の作業員が騒ぎ出したために、香港人の現場監督が奔走してなんとか彼らをなだめた。
こんな時、日本人はまったく役に立たない。たとえ、日本人の社長や重役が出て行って説得したとしても、中国人作業員ははなから耳を傾けようとはしない。大陸中国人か、台湾人、香港人でなければ作業員を説得するのはむつかしい。日本人は中国社会の底辺で働く人々を説得する言葉を持ち合わせていない。自らの権力をうまく使って、いわばマキャヴェリスト的に彼らを操縦する術も持ち合わせていない。彼らの気持ちがわからない人の言葉なんて、誰も聞こうとはしない。ましてや異邦人の言葉ならなおさら。中国人のしたたかさがわからない人は初めから勝負に負けている。
孫子曰く、「彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず殆うし」。
もちろん、中国人でもそれなりのカリスマ性と交渉力を持ちあわせた有能な人でなければ、彼らを説得することはできないけれど。
幸い、今年はそれなりのボーナス支給額だったから、騒ぎが持ち上がらずにすんだ。ボーナスの振込みを確認してすぐ辞表を出した人が何人かいたけど、これは毎年のことだから想定内だ。
たいしたトラブルが起きなくてよかった。
これで春節はのんびりできる。