町に人はあふれているけど人手が足りない
春節(中国の旧正月)の帰省ラッシュが本格的になってきた。
大きな駅の近くにあるスーパーへ行くと、大きな荷物を抱えた帰省客が大勢歩いている。街中は車がずいぶん減って渋滞が少なくなった。店主が故郷へ帰ってしまい、シャッターを下ろして閉じてしまう店もぽつぽつ出てきた。
日本の年末といっしょでずっとばたばたしぱなっしで忙しかったのだけど、あとひと踏んばりすれば仕事はだいたい片付くかなという感じになった。
春節はわずらわしいことはなにも考えずにゆっくり休むけど、中国の新年が明ければ、毎年恒例の頭の痛い問題に悩まされる。人手不足だ。
仕事を辞めると決めた出稼ぎ労働者は早目に退職して田舎へ帰ってしまうから、僕の勤め先も春節前の時点で、作業者の人数が最低限必要な数の一〇%強足りない。これに加えて春節が明けても郷里にとどまったままで戻ってこない作業者もぽつりぽつり出るから、春節明けはさらに足りなくなる。
春節が明けるとどの工場も大量募集を始め、出稼ぎ労働者の取り合いになる。中国の街角は人であふれているから、一見、簡単に人を集められそうに思えるのだけど、これがなかなかうまくいかない。
まず第一に出稼ぎ労働者の数自体が減っている。中国の内陸部が発展して古里の近くで仕事を見つけやすくなったのでわざわざ遠い広州までやってくる人が減ってしまった。内陸部が発展した分だけ沿岸部との賃金格差も以前に比べれば縮まったから、出稼ぎの旨味が減ったともいえる。
待遇が低いことも人を集めにくい大きな原因だ。
十数年前、中国に進出すればぼろ儲けできた時代は日系企業の作業員の待遇は中国のローカル企業に比べればずいぶんとよかった。だけど、ずっとコスト競争を続けてきた結果、今では最低賃金に毛の生えた程度の待遇でしか人を採用できなくなった。
僕の勤め先では香港人のおじさんが現場の親分をやっているのだけど、彼はこう嘆く。
「十五年前、作業員の月給は一三〇〇元の給料だったもんな。その頃の一三〇〇元なんて破格の待遇だったから誰もやめたがらなかった。ところが、この十五年の間で物価は何倍にもなったのに、今の基本給は月一七〇〇元といったところだ。こんなの誰も魅力を感じない給料だよ。たったこれだけじゃ、手当や残業代を足したとしても生活するのが大変だからね」
元宵節(中国の小正月)を越えたくらいから出稼ぎ労働者が大勢仕事を探し始めるので、その頃からさかんに面接をする。だけど、採用通知を出しても出勤してくるのはその七割から半分くらい。出勤しても仕事が気に入らなければすぐに辞め、よその工場の月給が百元でも高ければ即座にそちらへ移ってしまう。
欠員を補充してもすぐにぽろぽろと辞めるのでまた面接して、それでもやめるからまた採用して補充してと、それを何度も繰り返す。
「五十人くらいの作業員を確保しようと思うとだいたい三〇〇人くらいは採用しないとだめだね。落ち着くのは三月、四月ってところかな。毎年、この時期はしんどいよ。新人ばかりだから、彼らが操作ミスしないように、怪我しないように目を光らせて、いろいろ気を配らなくっちゃいけないし」
香港人の親分は白くなった頭をかきむしる。
賃金を上げれば人を集めやすくなるのはわかっているけど、コストの上昇分を価格に転嫁しにくいからそれもむつかしい。十三億人も暮している国で人手不足現象が起きるだなんてなんだか不思議な感じもするのだけれど。