改善の土壌がない中国
改善会議に参加したときのこと。
顧客企業のある部門が協力会社をすべて呼んで年に数回改善会議を行ない、毎回、違うテーマをめぐって協力会社の担当者がディスカッションする。僕は協力会社の一員としてその会議に参加した。いろんな会社の人のいろんな意見を聞けるので参考になる。
あるとき、その会議のテーマが妙だった。なんでいまさらこんな基本的なことを選ぶのだろう、もうどの協力会社でもこの課題はとっくに克服したはずなのにと思うような陳腐なテーマだった。
あまりに僕が不思議そうな顔をしていたからだろう、顧客企業の日本人の課長さんの一人がそっと耳打ちしてくれた。
「いやさ、○○がちゃんとやらないんだよ。異常ばっかり起こしてくれるから手を焼いているんだ。今回はあいつらに勉強してもらおうと思ってさ。すまないねえ」
その○○という会社は、顧客企業の合弁先――つまり中国国営企業の関連会社だった。その会社のレベルが低いのは前から知っていたし、問題をよく起こすと噂で聞いていたので僕は納得した。
「わかりました。たいへんですねえ」
僕も頭をさげた。
日中合弁企業の場合、日本側は合弁先の中国企業に非常に気を遣う。この顧客企業の場合、相手は国営企業だからプライドが高い。もっともプライドが高くても、考え方が前近代的なのでレベルは低い。合弁相手のレベルが低いままだと日系企業らしい高品質のもの作りができない。日本人の課長さんの苦労は絶えないと思う。
会議は順調に進んだ。道具を使って工夫したり、作業の流れを工夫したり、点検制度をしっかり定めたりと各社からいろんな案が出た。もっともテーマがテーマなので、基本的で当たり前の案しか出なかった。つまり、顧客企業の合弁先の関連企業はそれもできていないということだ。
――こんなこともできていないとなると、トラブル続きになって当然だよな。でも簡単なことだからすぐにできるだろう。
僕はこころのなかで思った。
会議の終わりに○○が総括の発表を行なった。
これも顧客企業が○○に配慮してのことだ。つまり、会議の総括を任せるのだからきちんと学んで、議論した内容をしっかりまとめてくれよということだ。
ところが○○は総括で精神論を演説した。○○精神に則ってどんな困難にもめげずにがんばるといったことしか言わない。これでは高校野球の開幕式の宣言と変わらない。甲子園はアマチュアスポーツの祭典だからそれで正解なわけだけど、改善会議はそうはいかない。このテーマについてはこれこれこうして改善しますと改善策の具体的な内容をまとめて発表しなければならない。
会議室にならんだ顧客企業の関係者の顔が瞬く間に険しくなった。日本人の課長さんは憮然として、
「会社へ帰ったら今日勉強したことをもう一度復習して、異常が起きないように対策を立ててください」
とひと言だけ言ってマイクを置いた。あきれてものが言えないと顔に書いてある。
彼のとなりに坐っていた顧客企業の中国人の課長はさすがに怒った。
「いったいあななたちは今日なにを学んだのですか? 会議ではよその会社がいろんな方法を提案していたでしょう。なにを聞いていたのですか? どうして総括でそのことをまとめないのですか? 本気で問題を解決しようという気があるのですか? 問題ばかり起こしている会社には仕事なんて任せられませんよ――」
早口の中国語で五分くらいまくしたてて○○の担当者をしかりつけた。目を三角にしてつりあげ、顔を真っ赤にしてすさまじい形相だ。だけど、○○の担当者はぽかんとした顔をしている。
――がんばると宣言したのにどうして怒られるのだろうと不思議に思っているんだな。改善会議の意味をまったく理解していないんだ。
僕は思った。
ぴりぴりした雰囲気のまま会議は終わった。いつもなら「おつかれさま!」とさわやかな感じで終わるのに、こんなことは初めてだった。
中国には質を高めるための改善を受け入れる土壌がない。「安かろう悪かろう」でよしとする国なので、質を高めようという意識が低い。これは民族性の問題だからすぐには変わらない。
もう中国は人件費や物価の安い国ではなくなったのだから、その分、質や効率を高めなければならないわけだけどなかなか進まない。むずかしい問題だ。




