僧侶の抗議
1963年6月11日、あるベトナムの高僧がアメリカ大使館前で抗議を行なった。彼の名は、ティック・クアン・ドック。抗議活動は、ベトナムの傀儡政権を操るアメリカに異議を唱え、仏教弾圧に反対し、平和の大切さを訴えるためのものだった。
彼は三百人以上の僧侶たちが見守るなか、アメリカ大使館の前で蓮華坐を組んだうえでガソリンをかけてもらい、さらに火をつけさせた。
ティック・クアン・ドック師は瞬く間に炎に包まれたが、蓮華坐を崩すことなくこと切れるまで祈り続け、命の潰えたあと蓮華坐のまま横倒しに斃れた。生きながらにして生死を超越した高僧だったからこそできたことだろう。
ティック・クアン・ドック師の焼身抗議は、世界中にその模様が放送され、平和活動に大きな影響を与えた。ただ残念なことに、師の抗議もむなしく、ベトナムは泥沼の道を進むことになる。
この翌年8月、北ベトナム軍の魚雷艇がアメリカの駆逐艦に対して魚雷攻撃を行なったとされるトンキン湾事件が発生(この事件はアメリカの自作自演による謀略であった可能性が高い)。これを口実にアメリカ軍は北ベトナム軍への攻撃を開始、ベトナム戦争が本格化した。
いくら祈っても、いくら抗議をしても、戦争はなくならないのかもしれない。しかし、平和を祈り、そして戦争を始めるものたちに抗議しなければ、いつまでも平和はやってこないだろう。おそらく、人々が平和をあきらめてしまうことが、戦争を始めるものたちにとってはもっとも都合のよいことだろうから。