夜になると遅れる中国の国内航空便
ひさしぶりに上海へ遊びに行った。楽しく遊んだのはいいのだけど、帰りが大変だった。
中国の夜の飛行機はほとんど毎日のように遅れる。
朝はしっかり定刻どおりに飛ぶのだけど、あちらこちらの空港へ行ったり来たりを繰り返しているうちにすこしずつ遅れ、夜になればたいてい二三時間は遅れてしまう。二三時間ならまだましなほうで、ひどい場合は五六時間も遅れる。今まで何度も痛い目にあった。
夕方、上海の虹橋空港に着いた。
搭乗開始時刻の三十分前になっても飛行機の姿が見えない。やばいなと思ったら、案の定、搭乗開始時刻になって遅延のアナウンスが流れた。
中国の空港では、出発遅延のアナウンスは決まって搭乗開始時刻に行なわれる。前もって遅延の知らせが流れるのはめずらしい。しばらくして、二時間遅れで出発するとの放送があった。二時間も遅れるのなら、もっと前からわかっているだろうに。乗客たちはみんな十中八九遅れるだろうなとわかっているので、あまり騒がない。数人の乗客がすこし抗議したくらいで、ほとんどの人はおとなしくしていた。
午後九時、中国各地への航空便の出発一覧表をチェックしたら、なんと三十三本も遅延の表示が出ていた。その日、上海はずっと晴れていたから天候に問題はない。広い中国のことなので、どこかで大雨が降ったりしていて遅れが生じる便も出るだろうけど、それにしても三十三便は多すぎる。たんに運行管理ができていないだけのことだ。たぶん、中国には飛行機をダイヤ通りに飛ばそうという発想もなければ、スケジュールを守らなくてはいけないという意志もないのだろう。おおらかというか、おおらかすぎていい加減だというべきか。
変更した出発時刻になってようやく搭乗が始まった。当然、搭乗開始から出発まですくなくとも十五分はかかるから、予定通りには飛び立てない。でも、飛行機が遅延になった場合、変更した出発時刻通りに飛び立つことはまずないから、これも織り込みずみだ。腹を立ててもむだ。こちらが損をするだけだ。抗議する乗客は誰もいなかった。全乗客の着席が終わった頃、三十分くらいしてから飛び立つとの機内アナウンスが流れた。乗客はいっせいに「ああー」とため息をつく。自然で素直な反応だ。
僕は三十分ほど後と聞いて、かえってほっとした。いつ飛び立てるのかわかりませんとアナウンスされるよりもよっぽどましだ。ありがちなのは、乗客が座席についてから機内食を配りはじめるパターン。そうなれば出発までゆうに二時間は待たされる。隣に並んでいる飛行機の姿をぼんやり眺めながら機内食を平らげて、お腹がふくれたところで眠り込んで、よく寝たなと思って目を開けると飛行機はまだもとの空港のなかにいた、なんてこともこれまで何度もあった。
結局、飛行機は合計三時間十分遅れで飛び立った。
上海の虹橋空港から広州空港まで約二時間。フライトはスムーズだった。
広州空港に着いたのは夜中の一時二十分。
広州へ戻れたのはいいけれど、ここからがまた大変だった。
当然、地下鉄は終電をすぎて動かない。リムジンバスは二路線だけ走っているけど、僕の住んでいる地域へは行かない。しかたなくタクシー乗り場へ向かうとめまいがするほどの長蛇の列ができていた。中国各地の飛行場で遅延が発生し、遅れて広州空港に到着した乗客たちがずらりと並んでいるのだ。
タクシー待ちの列のそばで、白タクが堂々と客の呼び込みをやっている。警備員は白タクの客引きを追い出したりしない。待ちくたびれた人たちが客引きと値段の交渉を始める。値段のやりとりを聞いていると、粘って交渉すればだいたい正規のタクシーでメーターを倒した場合の一割増しくらいで行けそうな感じだ。白タクに乗る人たちのおかげで行列がすこし短くなる。僕は、やっかいな白タクの運転手にひっかかって後でトラブルになったりすると面倒だからがまんして正規のタクシーを待つことにした。正規のタクシーはときどき一分ほど途切れてこなくなったりするけど、真夜中にしては比較的スムーズにやってきては乗客たちを運んでいく。それでも、順番がくるまで五十分ばかり待った。
タクシーの運転手に「飛行機が三時間も遅れたよ」なんてぼやくと、運転手は「大変だねえ」と言いながらもにこにこしている。長距離の客を、しかも深夜の割り増し料金で払う上客を摑まえてうれしいのだろう。がっぽり稼いでほくほくしてるのだろうな。こちらも自然で素直な反応だ。
家にたどり着いたのは午前三時。それから急いでシャワーを浴びてベッドへもぐりこみ、六時半に目覚ましの音に起こされてふらふらと勤めへ出かけた。
夜の飛行機に乗るたびにひどい目に遭う。
中国の国内航空便を定刻通りに運行させる仕組みを作ったら、ノーベル賞ものなんだろうな。