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人間はいつ死んでもおかしくないから

 暑い日が続いているから、毎日水シャワーを浴びている。

 ホットシャワーを浴びたのでは体が火照ってしまって、暑くてかなわない。シャワーの後で汗がどっと噴き出すのも困りものだ。

 きのうは雨が降り続いてくれたおかげで、たまたますこしばかり涼しくなった。水シャワーではいささか厳しい。ぎりぎり我慢できるくらの冷たさなのだけど、やはりホットシャワーにしておいたほうが無難だろう。風邪をひいてしまうかもしれない。

 そこで僕は、久しぶりにガスボンベの栓を開けようとした。

 バスルームのなかに小さなガスボンベが置いてあって、それで瞬間湯沸かし器をつけてホットシャワーが出るようになっている。

 ガスボンベの栓をひねった途端、プシューという不気味な音が響いた。ガス漏れだ。しばらく使っていなかったので、ボンベのバルブが壊れてしまったか、つなぎ目のどこかが緩んでしまったようだ。たちまち、卵の腐ったようなガスの臭いがたちこめる。僕は急いで換気扇をつけた。

 さいわい、三十分ほどでガスの臭いはすっかり消えてくれた。爆発しなくてよかった。僕はほっと胸をなでおろした。ボンベを確かめてみたけど、栓を閉めてからガスが漏れている気配はない。プシューというあの音も聞こえない。念のため、一晩中換気扇をつけっぱなしにしておいて、今日はそのまま出勤した。仕事から帰ってドアを開けたとたん、ガスに巻かれてぽっくり逝ってしまう、なんていうのは御免こうむりたい。

 危なかった。

 スリルを味わえたのは面白かったけど、もうちょっとで死ぬところだった。ぐでんぐでんに酔っ払っていたら気づかなかったかもしれない。

 人間はいつ死んでもおかしくない、と思い知らされた。

 ゆうべ、僕が死んでいてもなんの不思議もなかった。ガス漏れによる死亡事故なんて、世間ではありふれたことだ。人は自分が事故で死ぬだなんてあんまり考えないものだし、僕もそれまで真剣に考えたこともなかったけど、事故はどこにでも転がっている。つまらない事故にあわないようになるべく気をつけていても、どこでどうアクシデントに見舞われるかはわからないから、どうしようもない。いつ死ぬかなんて自分では決められない。命なんて、案外あっけないものだ。

 もし死んでしまっていたら、僕自身はどう思っただろう。

 とりあえず、大切なものは見つけたから、それほど未練や後悔は残らないかもしれない。それを知らないままだったら、死んでも死にきれなかっただろうけど。人は誰でも、「それでお前はどうするのだ?」と人生に問いかけられている。僕は、物足りないかもしれないけど必要最低限の答えを出しておいた。今まで書いた作品もその一部だ。だけど、それでもやっぱり、やり残したことがあると思ってしまうだろう。まだやってみたいことがある。

 連載中の小説が終わっていないのにこんなことを書くのはなんだけど、ほかに書いてみたい小説がいくらかある。読んでみたい本も、旅をしてみたいところもたくさんある。いろんな人ともっと出会ってみたい。欲をいえばきりがないけど。

 いつ死ぬことになっても、その時は「できるだけのことをしたんだから、そろそろこの世を離れてもいいだろう」と自分自身で納得できるようにしておきたい。この連載を始めたのも、生きていられるうちになるべくたくさん書いておこうと思ったからだ。

 一日いちにちを大切にしたい。いろんな障碍にぶつかったとしても、できれば毎日、後悔のないように生きたい。

 もしかしたら今回のガス漏れ事故は、最近僕がたるんでいるのでちょっとびっくりさせて気合を入れようと、神さまかなにかがたくらんでくれたのかもしれない。やっかいなアクシデントだったけど、僕はそう思うことにしている。

 みなさんの毎日が実り豊かなものでありますように。

 


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