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星新一さんの長編『人民は弱し 官吏は強し』について

 星新一さんのショートショートにはまったのは中学二年生の時だった。

 国語の先生が星さんの作品をプリントして配ってくれたのを読んだのだけど、びっくりしてしまった。

 とても読みやすくて面白い。アイデアもひねりがきいていて素晴らしい。星さんのショートショート集をむさぼるようにして次から次へと読破した。そのうち自分も書いてみたくなってノートに鉛筆を走らせてみたのだけど、結局ろくなものはできなかった。なんど試してもどうにもうまくいかない。「読みやすくて、面白くて、グッドアイデアのある」作品を書くのは、とてもむずかしいことなのだと思い知った。一つだけならうんとがんばればなんとかなるかもしれないけど、三拍子揃った作品を書くのは生まれもってのエンターテイナーでないとむりだ。星さんは天才だ。

 星さんはアメリカの雑誌に載っている一コマ漫画を集めるのが趣味だそうで、自分でコレクションした一コマ漫画集の本も出していた。これも面白くて何度も読み返した覚えがある。一コマ漫画はひねりのきいたアイデアをどうやって一枚にまとめるかが勝負だから、日夜アイデアを生み出すために苦心していた星さんはそれを読んで自分の肥やしにしていたのだろう。

 星さんといえばショートショート、ショートショートといえば星さんというくらい、ショートショートの代名詞みたいな作家だけど、星さんは『人民は弱し 官吏は強し』という長編小説も書いている。

 日本を代表するショートショート作家の長編小説ってどんな作品なのだろう? 興味津々になった僕はさっそく読んでみた。

 その長編は、星新一さんのお父さんの星一さんのことを書いた伝記小説だった。アメリカへ渡って留学したり、事業を起こして星製薬という会社を作ったり、衆議院選挙に立候補して国会議員になったりと、ほかにもいろいろあるけどとにかくエネルギッシュで八面六臂の活躍をみせた人物だったらしい。

 明治、大正、昭和初期といった時代を駆け抜けた主人公星一も魅力的な人物だし、当時の世相や時代の流れを知るためのいい勉強にもある。ショートショートと同じようにとても読みやすくてわかりやすい。機会があればぜひ読んでみてほしい一冊だ。

 この小説では、政治家、官僚機構、財界人と戦う主人公の姿も描かれている。

 星さんのお父さんの活躍は目覚しかったけど、そのぶん、反発や嫉妬も買った。商売も大成功を収めたし、開明的な政治家だった後藤新平と組んでいたのでなおさらだった。開明的な政治家というものは、特権にしがみついて甘い汁を吸おうとする人たちからみれば邪魔者以外のなにものでもない。星一さんは、星製薬と星一さん自身をつぶそうと画策する内務省や検事局(現検察庁)にあの手この手で追いつめられてしまう。

 印象に残ったシーンがある。

 選挙前に検事局(現検察庁)が強制捜査した。

 法律に違反するようなことはなにもしていないのだけど、検察がやってきたというだけで世間に悪評がさっと広まってしまう。新聞が検察に同調して、星一さんがあたかも悪人であるかのように書き立てる。ほかにもいろいろと妨害工作に遭い、世間からすっかり敵視されて選挙に落選してしまった。

 実は、商売敵や反対勢力の政治家たちが仕組んだ芝居だった。彼らは目障りな人物を蹴落とすために事件をでっちあげ、それをマスコミにリークしてセンセーショナルに報道させたのだった。

 まだ中学生だった僕は検察は正義の味方だとばかり思いこんでいたから、検察がそんな悪いことをするのかと驚いた。政治家、官僚機構、財界人が結託すれば、ライバルを蹴落とすためにはなんでもするのだと背筋が寒くなった。時代は大正の終わり頃。世界恐慌、軍部の暴走といった非常事態が続いた暗い昭和初期へ突入する前触れの時期だったのかもしれない。

 今の日本にも検察に悪い奴だと何度も騒がれる政治家がいるけど、そのニュースを読むたびに『人民は弱し 官吏は強し』を思い出す。時代が変わっても、人間のすることはさほど変わらない。同じ手口を使っているのだろうな、と思ってしまう。

『人民は弱し 官吏は強し』は、当時の時代ばかりではなく、利権争いのためになら曲がったことでも平気でする人間のどうしようもないさがをえぐり取っている。星新一さんの作品のなかでは異色作だけど、優れた小説だ。星さんが決してアイデア勝負だけの作家ではないとよくわかった。


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