(10-11)
クローレの涙は、まるで十五年に及ぶキージェの逃亡を映す鏡のように輝いていた。
キージェは怒りに歯を食いしばり、女を強く抱きしめた。
黒衣騎兵としての誇り、仲間たちの犠牲、受け止めきれなかった王女の求愛――捨て切れぬ過去を背負いながら、ただ死に場所を求めて彷徨ってきた。
だが、今、この瞬間、目の前にいる女がすべてを変えた。
――もうこれ以上、こいつを泣かせるわけにはいかない。
その気持ちが稲妻となって錆びついた男の心を突き動かした。
おまえのすべてをぶつけろ。
歳なんてどうでもいい。
過ぎ去った記憶に引きずられるな。
――俺はこいつを守りたいんだ。
十五年間愛を拒み、孤独に身を閉ざしてきた男が初めて、自分の心に嘘をつけないことを悟ったのだ。
――俺は……おまえを愛してるんだ。
キージェは女の柔らかな銀髪を撫でながら耳元に語りかけた。
「しっかりしろ、クローレ。おまえは弱虫なんかじゃねえ。立派ないい女になったじゃねえかよ。これがその証拠だ」
言葉とともにクローレを引き寄せると、男はためらうことなく唇を重ねた。
熱く、荒々しく力強い口づけにクローレの目が見開かれ、涙が一瞬止まる。
「ん……」
彼女の体が小さく震え、キージェの胸に手を押し当てたが、拒む力はなかった。
男は思う存分女を抱きしめ、そのぬくもりを慈しんだ。
彼女の手がぎこちなくキージェの背中に回り、戦場の喧騒が一瞬遠ざかった。
柔らかく、温かく、甘い香りが鼻をくすぐる。
キージェは唇を離すと、呆然としたクローレと見つめ合い、上気した頬を流れる涙を拭ってやった。
その表情に、かつて王女の求愛から逃げ出した記憶が脳裏をよぎる。
あのとき、俺は怖かった。
愛される資格も、愛に応える勇気もなかった。
だが、今は違う。
「心配すんな。俺ももう逃げたりはしねえからよ。おまえは俺の女なんだからな」
「これは……夢?」
「何寝ぼけてんだよ」
「夢なら続きを見させてよ」
「まだ決着はついてねえって!」
ぽうっと頬を染めるクローレの肩を揺すって現実に引き戻すと、キージェは女を守るために立ち上がった。
「いいか、クローレ、俺とおまえで、こいつらをぶっ倒すぞ! 続きがしたけりゃ、こいつらに勝つんだ!」
「ほんと!? 約束だからね!」
自分で涙を拭ったクローレは、フレイムクロウを拾い上げ、立ち上がった。
その瞳には再び闘志が宿っていた。
オスハルトと対峙し、キージェはストームブレイドを突きつけた。
「俺の大事な女を泣かせやがって。俺はおまえを許さねえぞ」
かつての盟友の瞳が一瞬揺れた。
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