(10-10)
馬上のオスハルトが二人を見下ろし、下卑た笑いを向ける。
「どうした、クアジャ。女を差し出して我らに許しを請うつもりか」
クローレがフレイムクロウを握りしめ、オスハルトに突きつけた。
「うるわいわね! キージェをバカにしないでよ!」
と、黒衣騎兵が一騎、オスハルトに馬を寄せる。
「隊長、この生意気な女、思い出しましたぜ。ゲッセル村を襲撃したときに炎を操る銀髪の子どもがいたんですよ。あの頃から美形で、売り飛ばしたら金になると思って生かしておいたんですが、逃げられちまいましてね。あれは八年ほど前だったんで、ちょうど今、このくらいの年頃で間違いありませんよ」
「なるほど」と、オスハルトは目を細めてクローレに笑みを向けた。「さっき俺を仇と呼んでいたな。どうやら本当らしい。逃げて生き残ったそうだが、そのまま逃げ続けておれば良かったのではないかな。フッハッハッ!」
哄笑が部下たちの嘲笑を呼び、建物の壁に反響して広場の四方八方から迫ってくる。
キージェの隣でクローレが膝から崩れ落ち、青ざめた顔で唇を震わせる。
「わ、私は……逃げたんじゃない。弱虫なんかじゃない」
「なんだ、言い訳か」と、オスハルトが鼻で笑う。「逃げたから生きているんだろうが」
「違う!」と、叫ぶが、視線が宙をさまよっている。「助けを呼びに……逃げたんじゃない……私一人じゃどうにもならなくて……私はみんなを助けたくて……」
オスハルトが追い打ちをかけた。
「おまえはたしかに、身のこなしといい、剣の腕前といい、たいしたもんだ。褒めてやる。だが、どういうわけか、負け犬の目をしているな」
「ま、負け犬……」
「そうだ、強気な態度の裏におびえが見える」と、オスハルトが口をゆがめる。「弱い自分を認めたくないようだな」
「私は弱くなんかない」と、先細りの声でつぶやくのが精一杯だ。「弱虫なんかじゃない」
クローレは涙をこらえながら自分に言い聞かせるようにつぶやき続けた。
「ううん、嘘。私、負け犬だよ。ずっとダンジョンに籠もって、雑魚モンスターばかり相手にしてたから全然強くないのにレベルだけSランクで自分の本当の姿から目を背けていただけ。私なんか、ただの負け犬だよ」
言葉は力なく途切れ、フレイムクロウが石畳に落ち、カランと乾いた音を立てる。
クローレは両手で顔を覆い、嗚咽とともに涙がこぼれ落ちる。
「うっ……うぅ……私、弱虫だよね……みんな死んだのに……私だけ生き残って……」
「おまえさんは弱虫なんかじゃねえよ。女の子が一人で生きてくるだけだって大変だっただろうが」
キージェがなだめようとした瞬間、黒衣騎兵の一人が馬を走らせ、剣を振り上げ二人に襲いかかる。
刃がきらめき、無抵抗の女剣士に突き出される。
「くそっ!」
キージェはとっさにクローレを両腕で抱きしめ、強く引き寄せると、石畳の上を転がって攻撃を回避した。
ガギッと騎兵の剣が石畳を削り、火花が散る。
二人は絡み合って転がり、キージェの腕と背中が石畳に打ちつけられる。
男の腕の中で女が泣いていた。
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