(10-9)
「何してんのよ!」と、クローレが銀髪を振り乱す。「すっころんでる場合じゃないでしょ、師匠!」
「面目ない」
見下されたかもしれないが、むしろ師匠にも値しないただのオッサンだと気づいてくれた方が、別れてくれていいのかもしれない。
広場にいるのは二隊六騎とオスハルトだけだ。
敵を半減させたものの、キージェにはストームブレイドを振るう力がもう残っていなかった。
村人と協力して路地に誘い込む作戦も二度は使えないだろう。
クレアの矢だって、そろそろ尽きる頃だ。
だが、条件は相手も同じだった。
馬の疲労が蓄積して動きが緩慢になっている。
キージェやクローレと対峙すれば、その隙を狙うクレアの矢を避けるために常に動き続けねばならず、馬を休ませる暇がない。
とはいえ、こちらも持久戦に持ち込むわけにはいかない。
キージェが動けなくなるほど、クローレの負担が増し、危険にさらすことになる。
現状、クローレも防戦一方で、反撃の余裕はないようだ。
フレイムクロウの炎も心なしか弱くなったように見える。
だからといって、奮起できるほどの力など、四十五のオッサンにはかけらも残っていない。
――歳は取りたくねえな。
いや、歳を取ってもこんなことに巻き込まれている俺自身の運命を呪うしかないのか。
こんな村でのんびり羊を追う暮らしも似合わねえけどな。
つい、苦笑いを浮かべてしまう。
「余裕だな、貴様」と、オスハルトが正面から剣を振り下ろす。「さすが、英雄だ」
「昔の話だ」と、キージェはその刃を錆びついたストームブレイドで受けた。
火花の向こうで憎しみに満ちた盟友の瞳がにらみつけている。
「おまえは昔のままだな」と、キージェは荒い息でつぶやいた。
「魔王のおかげだ」と、体重をかけてオスハルトが押し込んでくる。「偉大な魔力は命さえ操れるのだ。若さを保つことなどたやすいこと。鉤爪熊を強化させたのも魔王の力だ」
「あれが……」と、キージェは歯を食いしばってこらえた。「だから、あんなに巨大化していたのか」
「おまえをおびき出すためだ」
「俺を?」と、キージェはストームブレイドを跳ね上げ、いったん間合いを取った。
肩に鋭い痛みが走る。
もう腕が上がらない。
「あの鉤爪熊には呪いがかかっている」と、オスハルトは突きを繰り出してきた。「かかった魔物を倒したやつに、その呪いが乗り移る。そのために魔王が放ったのだ」
「鉤爪熊を倒したのは俺じゃない。クローレだ」
「ならば、あの女に呪いがかかる」と、オスハルトは剣でクローレを指した。
「まさか」と、キージェは息をのんだ。「それはつまり……」
「死だ」
――なんてことだ。
全身からかすかに残っていた力ですらも抜けていく。
キージェの手からストームブレイドがこぼれ落ちた。
カラン……と、乾いた音が広場に響き渡る。
一瞬、皆の手が止まる。
その隙にクローレが駆け寄った。
「ちょっと、キージェ、しっかりしてよ」
「なんでもない」と、剣を拾うが、腕はだらりと下がったままだ。
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