(10-5)
――まいったな。
俺一人ならどうなろうとかまわないんだが。
闘志が前のめりになった剣士ほど隙だらけなものはない。
おまけに、敵の前で腕をつかむんじゃねえよ。
胸まで押しつけやがって。
死の間際のご褒美ってやつかよ。
「あいかわらず、女にもてる男だな」と、オスハルトがつばを吐き捨てる。「しかも、自覚がないんだろう」
コクコクと何度もうなずくクローレの胸が揺れる。
――うなずいてんじぇねえよ。
キージェはクローレの腕をやんわりとほどき、錆だらけのストームブレイドを抜いた。
錆びついた血の臭いが甘い誘惑を吹き飛ばす。
「なんだその剣は」と、オスハルトも剣を抜いた。「ふざけているのか、クアジャ。落ちぶれたものだな」
「うるせえよ」と、目を細めてキージェは馬上の盟友を見上げた。「おまえなど、これで十分だ」
カラーン、コローンと、教会の鐘が朝空に舞い上がるように鳴り始めた。
「ん?」と、オスハルトが尖塔を見上げる。「ふん、ずいぶんと下らぬ話に時間を使ったらしい。貴様と俺との過去の清算はここまでのようだな」
「まさしく、おまえの死に場所はここで間違いないさ。今度こそ、復活できないようにしてやる」
ゴーン、カラン、ゴーン、ゴーン……。
残響が広場に落ちてくる。
キージェがミーナに剣を突きつけた兵士に目をやった。
「その娘を放してやれ」
「その前におまえが剣を捨てろ」と、兵士がわめく。「さもないと……」
ヒュッと空を切り裂く一筋の線が声を遮る。
「グァッ!」
悲鳴とともに血しぶきが上がる。
だが、それはミーナのものではなかった。
飛来した矢に関節を射貫かれ、肘から先がちぎれ飛んだのは兵士の方だった。
次の瞬間、二の矢が兵士の額を貫き、そのまま後ろの兵士の心臓に突き刺さる。
ドサッと一度に二人が落馬し、血の池が石畳に広がる。
「だから放せと警告したんだ」
キージェは乗り手を失った馬に飛び乗った。
「なっ!」
顔を引きつらせたオスハルトが手綱を引き締め周囲を見回す。
細く開いた窓から長弓を構えたクレアが第三の矢をつがえて狙っている。
「あそこだ!」と、オスハルトが剣を向け、馬を疾駆させた。「散開しろ!」
黒衣騎兵は一斉に馬を走らせ、地響きと蹄鉄のこだまが狭い広場を震わせる。
キージェは三方から襲来する騎兵を、巧みな手綱さばきでかわす。
――腕は衰えちゃいねえな。
背後から突き出された剣を嵐撃絶刃ではじき返し、火花が飛ぶ。
その横から石畳を蹴って跳躍したクローレが炎弧旋回を繰り出し、三騎一隊を攪乱した。
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