(2-3)
「師匠、ごめんなさい」と、クローレは素直に頭を下げた。
豊満な重みに胸当てが支えきれず、深い谷間が強調される。
「頭、上げろ……その、なんだ、剣士は相手に無防備な姿をさらすな」
「はい、師匠」と、起き直ったクローレが真剣な目で見つめる。「何が悪いのか教えてください。お願いします」
キージェは頭をかきながらぼそぼそと説明した。
「速さがないから、それを力で補おうとしてるんだよ。だけどよ、筋肉の量には限界があるだろ。たとえば、さっき町でやられた大男と力勝負で勝てるわけないんだ。俺だってあんな奴とまともに組み合ったら、吹き飛ばされるぜ」
屈辱を思い出したのか、クローレは唇を噛んで腕組みをしながら体を隠している。
そういう仕草も、ぐっとくるんだよな――バカタレ――と、キージェは心の中で自分に張り手をかまして頬を引き締めた。
「今のやり方だと、技が外れたら、それを補うために次の技が必要になる。しかも、次も外した時の用心として余分に力を使ってるだろ」
「えへへ」と、クローレが舌を出す。「さすが師匠、やっぱり、バレてるし」
「力業っていうのは、敵より先に踏み込めなけりゃ負けるんだ」
キージェは一歩間合いを詰めた。
クローレの脇腹に拳が当たっている。
剣なら致命傷を浴びている。
「接近戦なら、懐に飛び込んだ敵には、まわりの仲間も手を出せないだろ」
「たしかに、味方を切っちゃうかもしれないもんね」
「三人を相手にする場合は、敵の一人を盾にして他の連中を仕留めるんだ」
クローレは胸の下で腕組みをしながらしきりにうなずいている。
「なるほど、そういうことね。あたし、ダンジョンで魔物と一対一で戦ってばかりだから、そんなこと考えもしなかったな。逆に、だから今までやってこられたんだね」
「ようするに、レベルの問題じゃないんだ。ただ、そこが同じ剣術使いでも冒険者と兵士の考え方の違いってことだ」
真剣に話を聞いているクローレからふわっと汗の香りが漂ってくる。
――おっさんの汗とは違うな。
同じ生き物とは思えねえよ。
キージェはさりげなく下がって距離をとった。
クローレはそんなキージェの左腕をつかんだ。
「ねえ、師匠、私と対戦して実際にやって見せてよ」
「俺のストームブレイドと、おまえのフレイムクロウはまったく違う武器だ。だから参考にはならないぞ」
「それでもいいの。師匠の素晴らしい技を実際に体験してみたいから」
「そんなたいした技じゃねえんだけどな」
キージェは右手で頭をかきながらつぶやいた。
「ただし、条件がある」
「なんでも言ってくださいよ」
「お互い、本物の剣を使う」
「怪我しちゃったらまずいじゃん」
「怪我じゃ済まない。死ぬ」
キージェは剣を抜いた。
びっしりと黒い汚れに覆われていて、まるで切れそうにない。
まるで遺跡から発掘された錆びだらけの剣だ。
「師匠の剣は何で錆びてるの?」
「こいつは錆びじゃない」と、キージェは指ではじく。「血だ」
クローレが絶句し、喉が動く。
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