第10章 襲来(10-1)
背後の丘陵に朝焼けが広がる頃、キージェはくるまったマントから顔を出した。
牧草地を覆う淡い朝靄の向こうから馬蹄の音が聞こえてくる。
目以外の顔を覆面で隠した黒衣騎兵の一隊が村へ向かっている。
木陰に身を隠しながら隊列をやりすごす。
――十三騎か。
キージェの小屋を襲ったやつらのように、黒衣騎兵は三騎一隊が基本だ。
その程度なら、奇襲を仕掛けて始末するつもりだったが、四隊十二騎に、かつてキージェもその役割を担っていた指揮官が一騎。
魔物との決戦に挑んだときと同じ編成だ。
たかがおっさん一人にずいぶん大げさじゃねえかよ。
だが、村の広場へと進んでいく隊列を目を細めて見つめていたキージェはやつらの後ろに続く三人組を見て思わず苦笑した。
ヴェルザード、リリス、ガルド――あいつら、やはり俺を売ったか。
宿を抜け出し、隠れていて正解だった。
しかし、やつらの姿は全くの予想外だった。
革紐で縛られたヴェルザード、リリス、ガルドが鎖で馬に引きずられているのだ。
破けた衣服から露出した肌は血にまみれ、全身がほとんど肉の塊と化している。
だが、ヴェルザードはうめきながらも叫び声を上げる。
「くそっ、だましやがったな」
先頭の指揮官――黒マントに銀の肩章をつけた細身の男――が馬の向きを変えて鞭を振るう。
「黙れ、賞金に目がくらんだ愚か者め」
大蛇のようにうねる鞭に打たれ、うめき声も静まる。
「クアジャの居場所さえ分かれば、おまえらに用などない」
キージェは拳を握りしめた。
ヴェルザードたちはキージェを黒衣騎兵に売ったようだが、賞金どころか殺されそうになっている。
金貨千枚に目が眩んだ欲望の報いを笑うべきかもしれないが、むしろ獲物とされた男の胸には怒りが燃え上がっていた。
森から姿を現し、キージェは村に向かって一直線に牧草地を駆け抜けた。
手配書を掲げた黒衣騎兵が一騎、教会前の広場を駆け回り、村人たちに告げる。
「ここに手配中の男がいるはずだ。隠すとためにならないぞ」
村人たちは襲来した兵士たちに恐れをなして誰も顔を出さない。
広場のそばまで迫ってきたキージェはクレアの家に目をやった。
窓の鎧戸の隙間からクレアがじっと広場をにらんでいる。
クローレはまだ薬で眠っているのだろうか。
馬を下りた兵士が一人、ヴェルザードを踏み潰し、ギルドへ向かう。
薄っぺらな扉を蹴り飛ばし、事務所に押し入るとミーナを引っ張り出してきた。
馬上からミーナの襟をつかみ上げ、首筋に剣を当てる。
「どこにいる、クアジャ! 今すぐ出てこねえと、この女の首が飛ぶぞ!」
――まずいな。
ヴェルザードといい、ミーナといい、使えるものは何でも使う。
勝つためには手段を選ばないのが黒衣騎兵の強さだ。
それはキージェが指揮官だったときも同じだった。
だが、あくまでも魔物を倒すためであり、無辜の村人を襲う卑劣さとは無縁だったはずだ。
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