(9-13)
「でも、あなた、どこか女性の影が見えるんだけど」
クレアのつぶやきにクローレが食いつく。
「え、何よ、キージェ、ひどい、二股かけてたの」
「あのなあ、二股どころか、何もしてねえのに文句を言われても困る」
だが、納得しないらしく、前のめりにテーブルに手をつく。
「どういうことよ。はっきりしてよ。私とその女のどっちを取るの?」
どっちでもねえよ。
「だから、昔の話だって」
「やっぱり何かあるんじゃない」と、スプーンが突き出された。「隠すなんてますます怪しいじゃん。何よ、何があったのよ」
何だよ、なんで俺がこんなことに巻き込まれなくちゃならねえんだよ。
せめて、少しくらい良い思いさせてくれたっていうんなら納得するけど、おまえさんだけでなく、俺も納得いかねえよ。
干し肉を口にくわえたミュリアがゴフゴフと鼻で笑っている。
「あら、お話の内容が分かるのかしら」と、クレアはやはり勘がいい。「あなたも聞きたいみたいね」
「ずりいぞ、動物まで味方につけようとしやがって」
「しゃべった方が楽になるかも」と、クレアが食後のお茶を出す。
「俺が昔黒衣騎兵だったときのことだ」
投げやりに話を切り出すと、クレアの手が止まった。
ポットから注がれる茶がカップからあふれ、皿にこぼれる。
「あら、ごめんなさい」
淡々と片づけながら、話の続きを促す。
キージェは古い記憶をたどった。
「魔物との決戦を制した俺たちは英雄として凱旋した。王宮に招かれ、そこで俺は王女からねぎらいと感謝の言葉をかけられた。ただそれだけのことだ」
「嘘」と、クローレが唇をとがらせる。「それだけのはずないじゃん」
「それだけなんだよ。身分が違いすぎるだろ。お姫様と一介の兵士が結ばれてめでたしめでたし、幸せに暮らしましたなんて、実際にはあるわけねえさ」
「キージェはそのお姫様が好きになっちゃったの?」
「逆だよ」と、キージェは苦い香辛料をかみしめるようにつぶやいた。「どういうわけか、王女の方が俺を気に入ったらしいんだ。こんな俺をだぞ。信じられねえだろうけどよ。俺の方は最初からそんなつもりなんかなかったよ」
自虐のつもりだったが、クローレはナイフの刃のように目を細めてじっとキージェを見つめている。
「何度も王宮に呼び出しがあって、俺はそのたびに任務を口実に辞退していた。ところが、そのことが国王の耳に入って、俺の立場が悪くなった」
「なんでよ」
「あのな、高貴なお姫様っていうのは、同じ身分の貴族とか、他国の王子と結婚するんだよ。家来である兵士なんかとおかしな噂でも出たら、王家の評判に関わるんだ。だから、国王は王女をすぐに政略結婚させて、さらに俺を始末しようとしたんだ」
「そんなの、王様の方が勝手じゃん」
「だが、それがああいう連中の理屈なんだよ」と、キージェは頭の後ろで手を組んでため息をついた。「で、俺は逃亡したってわけさ。十五年も前の話だ。それを今さら、どうしようっていうんだろうな。手配書なんか出してさ。しかも偽の容疑で」
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