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(9-12)

「おまえさんは、どこに行きたい?」


「私はキージェが行くところについていくだけ」


「俺のそばにいると面倒なことになるぞ」


「だから?」


 まっすぐに見つめ返されたキージェは顔を背け、そのまま窓に向かって腕組みをした。


「たまたま出会っただけだ。ここで別れてもいいだろう」


「やだよ」と、ぬくもりがキージェの背中を包み込む。「どうして、なんで、急にそんなこと言うの? 何か私が悪いことした?」


「何も悪くねえよ。だからだよ」


「意味わかんないよ」と、クローレが男の背中をたたく。「教えてくれるって言ったじゃん。師匠になってくれたじゃん。私の初めてになってくれたじゃん」


 と、そこへ長い影が伸びてきた。


「あら、痴話げんかの最中だった?」


 クレアが戸口で目尻を下げて口元を押さえている。


 いや、ちげえから。


 全然違うから。


 なんで、ここで来るんだよ。


 ずっと聞いていやがったのか?


「お食事の支度、できたわよ。こういうときはあたたかい煮込み料理でも食べて落ち着くといいんじゃない」


「腹が減った。食ってから話そう」


 キージェは首の後ろをもみながらクローレの脇をすり抜け、先に部屋を出た。


 動かないクローレの膝裏をミュリアが鼻先で押して追い立てると、「わかったよ、行くよ」と、渋々ついてくる。


 食堂のテーブルには三人分の煮込み料理が柔らかな湯気を立て、ミュリアにはクレアが干し肉を出してくれた。


「いただきます」と、しょぼくれたクローレがスプーンでスープをすくう。「おいし……」


「良かった。おかわりもあるわよ」


 クレアは朗らかに声を張ったが、しばらくの間無言で食事が進んだ。


 ただ、女二人のキージェに対する視線がどこか冷たい。


 うまいはずの腸詰めの煮込み料理も、針を押し込められているように飲み込むしかなかった。


 食べ終わる頃に、こらえきれなくなったクローレが泣き出した。


 クレアもキージェも、スプーンを止めて様子を見る。


「ふえっ、えぐっ……ぐすっ、なんで、なんで別れるなんて言うのよ」


「いや、あのな……」


 クローレが刺すような視線をキージェに向ける。


「いきなり別れ話なんかされたら泣くに決まってるじゃないの」


「だから、違うって。俺たちは夫婦でも恋人同士でもねえって。行きがかり上、ちょっと関わっただけで、師匠と弟子なんていうのも、しかたなく相手してやっただけだ」


「あら、こっちが師匠なの。従者じゃなくて」


 今さら、そんなのバレてるだろうに。


「キージェはね、私を助けてくれたの」


 ベルガメントでヴェルザードたちに辱められていたことをクローレが話すと、クレアはスプーンを口に運びながら聞いていた。


「キージェはね、剣の腕前は最高なの」


「ふうん、そうなの」と、相づちを打ったクレアはキージェに視線を向けた。「ということは、あなた、手配書の……」


「婦女暴行犯なわけないだろ」


「そうよね、どっちかというと、ヘタレでしょうね」


 悪かったな。


 図星過ぎて一言も反論できねえけどよ。



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