(9-11)
と、隣の部屋でミーナがクローレに声をかけている。
「お食事に行くなら、早い方がいいですよ。村の食堂は閉まるの早いですから」
「そうそう、そうだったね」
キージェを呼びにクローレが顔を出したところで、クレアが間に立った。
「食事なら、うちでも出しますよ」
「え、いいんですか?」
「腸詰めの煮込みくらいならありますから」
「わあ、すごいごちそうじゃない」
クローレが素直に喜んでいると、ミーナが後ずさりながら手を振った。
「それなら、私は帰りますね」
「あら、一緒にどう?」と、クレアが呼び止める。
「おじいちゃんが待ってるから」
「あら、そう。じゃあ、またね」
「はーい、おやすみなさい」
女たちのやりとりを眺めながらキージェは困惑していた。
ギルドの紹介だと安心していたら、とんでもない宿に泊まることになったんじゃないだろうか。
「じゃあ、お食事の支度してくるから、それまでゆっくりしててちょうだいな」
ゆったりと穏やかな足音をさせながらクレアが階段を降りていく。
キージェはクローレに声をかけようとしたが、思いとどまりって部屋に入った。
余計な心配をかけたくはない。
クレアが何を考えているのか分からないが、いざとなれば逃げればいい。
とりあえず、ミュリアがいれば大丈夫だろう。
俺は俺のことを考えなくてはならないのだ。
窓から外を眺めると、小さな村は遠くの酒場からかすかに陽気な歌声が聞こえてくるだけで、ひっそりと闇に沈んでいる。
「ねえ、キージェ」
いきなり呼ばれて振り向くと、すぐそばまでクローレが入ってきていた。
考え事をしていて、クローレの足音に気づかなかった。
後から漂ってきた甘い香りが妙になまめかしくて、離れているのに一歩後ずさってしまった。
「男の部屋に不用意に足を踏み入れるなよ」
「なんでよ。明日の行き先を相談しに来ただけなんだけど」と、さらに奥に踏み込んでくる。
――ったく、無防備すぎるんだよ。
魔物に対する嗅覚を、男にも発揮しろって。
「なんか変だよ、キージェ」
そういうところだけは勘がいいのも困る。
「変なのはそっちだろ」
「何がよ」
「だから、若い女が男の部屋に入るな」
「キージェは危ないの?」
「ああ、危ねえよ。何するかわかんねえぞ」
「突然、腹でも出して酔っ払いの躍りでもするの?」
腹を出すだけならいいけど、それ以外のモノも出すのが男だってことを……知らなくてもいいか。
もちろん、俺が教えることでもない。
「行き先って言われても、遠くとしか言い様がないぞ」
「だから、どっちの方?」
手配書が出回っている以上、どこへ向かっても同じだろう。
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