(9-6)
老人は拡大鏡で観察しながらため息をつく。
「しかしまあ、たいしたもんだ。こんな見事な牙は見たことがないわい」
「ずっしりしてるね」と、ひときわ大きな一つを持ち上げたミーナの右手がスッと下がる。
「こら、落とすんじゃないぞ」
「大丈夫だってば」
遊んでいるように見えて、そうやって仕事を覚えている最中なのだろう。
「六本しかないが、八本あったはずだ。二本はどうしたね?」
老人の質問にクローレが答える。
「鉤爪熊を倒すのに使ったのよ。その場で槍にしてね」
「なるほど、相当な威力だったであろうな」
「そうなのよ」と、前のめりにカウンターに胸を置く。「剣だとはじき返されちゃったのに、この牙だと、一発で腹に突き刺さって、もう一つも頭に命中。私の腕前、たいしたものでしょ」
「ま、腕も確かなんだろうが」と、胸の谷間に目を細める。「牙のおかげじゃろうな」
「ちょっと、おじいちゃん」と、ミーナが老人の肩を揺する。「どこ見てしゃべってんのよ」
「牙の話をしておっただけじゃろ」
「ごまかしたってだめ。いい歳して、まだ女の人を見ると査定が甘くなるんだから」
「ほっほっほ」と、セルジオ爺さんは肌つやのいい頬を赤らめながら鼻の下を撫でた。「あまりにも見事なものでな」
――何がだよ。
牙の話じゃねえのか。
ま、気持ちは分かるけどよ、じいさん。
ヴォルフ・ガルムの牙よりよっぽど威力があるからな。
キージェがクローレに目をやりながら心の中でうなずいていると、その横で床に腹ばいになったミュリアが冷たい目でおっさんと爺さんを見上げていた。
「おじいちゃん、あんまり査定額が甘すぎると、またギルド審査会から呼び出されちゃうんだからね。もう歳なんだから、遠くまで出かけられないでしょ」
「ならば、行かんで済むから良かろうよ」
「だめよ」と、ミーナが強くカウンターに拳を打ちつける。「相場操作と疑われて偉い人が何人も来ちゃったの、もう忘れたの」
「年寄りはすぐに忘れるものじゃからのう。昔のことばかり覚えておってな」
やれやれ、このやりとり、いつまで続くんだよ。
すっかり暗くなった外の様子を眺めながらキージェがあくびをこらえていると、老人は次に鉤爪熊の毛皮を調べ始めた。
「なるほど、これだけの厚さと剛毛に覆われていたら、剣などでは歯が立たないであろうな」
「でしょ。全然皮膚までたどりつかなくて、ひたすら草刈りしてるみたいだったのよ」
「この大きさ、何頭分あるんじゃ?」
「これで一頭だよ」
「信じられん。普通の四、五倍はあるぞ」
「その分、高く買い取ってよ」
クローレはまた前のめりに、カウンターに胸をのせた。
はは、交渉の仕方を分かってるな、こいつ。
キージェは無精ひげをこすりながら査定の様子を眺めていた。
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