(9-5)
ミーナは三つ編みにした栗色の髪を揺らしながら二人と一匹を中に入れ、きしむ扉を閉めると、カウンターの奥にある部屋にいったん下がった。
「間口は狭いけど、奥は広そうだな」
「細長い建物なんだろうね」
受付のカウンターは建物に似合わない重厚なものだが、がらんとした部屋の中には椅子も掲示物もない。
収穫物を下ろしてカウンターに並べていると、奥の部屋からミーナと白髪頭の小柄な老爺が出てきた。
「ほら、見て、おじいちゃん、ヴォルフ・ガルムと鉤爪熊だって」
「ほう、こいつは見事な牙だな」と、早速手に取りながら老人が帳簿を取り出した。「わしはここのマスターでセルジオだ」
「私はSランクのクローレ」と、胸を突き出しながら名乗る。「ベルガメントで請け負ってきたクエストね」
「ん?」と、皺だらけのセルジオが眉間にさらに深い皺を刻む。「おまえさんたち、クエストを請け負ったのはいつだね?」
「昨日だけど」と、クローレは鼻先を上げて答える。
「それでもう完了かい」と、感嘆の声が漏れる。「そいつはたいしたもんだな」
――そう言われてみれば、そうだ。
カウンターの上に並べた獲物に目をやりながら、キージェも内心首をかしげていた。
普通なら、魔物退治のクエストなんて数ヶ月、運がよくても一ヶ月は調査や追跡が必要だ。
広大な森の中で遭遇する可能性は限りなく低く、追えば追うほど魔物は逃げていくし、あっちの村に出たと言われて行った頃には、もう別の村に目標を変えているのが当たり前だ。
ヴォルフ・ガルムを見つけた状況があまりにも異常すぎて、基本的なことを忘れていた。
とは言っても、その理由が分かるはずもなく、キージェは黙っていた。
なんてったって、おれはふだんすぐに片づくFランクのクエストしかやってないからな。
物珍しそうにヴォルフ・ガルムの牙に手を出そうとするミーナを老人が止めた。
「触るときは手袋をしろとあれほど言ってるだろうに。手を切っちまうぞ。牙には細かいとげがあるんじゃからな」
「はいはい、ごめんなさい、おじいちゃん」
「お孫さんなんですか」
クローレがたずねると老人は品物の状態を記帳しながら肩をすくめた。
「血は繋がっておらんけどな。神様が授けてくださった孫だ」
ようするに、教会の前に捨てられていた子を育てたということだ。
教会やギルドは社会的救済の役割を担っている。
キージェのように傭兵として育てられたり、人買いに連れていかれる子を出さないためだ。
冒険者にはいろいろな生い立ちの者がいる。
ベルガメントのギルドで働くライラも、流行病で親を亡くしたと言っていた。
むしろ、家族や家業がある人間は冒険者になる必要がない。
農業には人手がいるし、職人は技術を受け継いでいけばいいし、商人なら命をかけずとも金が稼げる。
反対に、そういった枠組みから外れた人間でも社会と繋がって生きていけるようにしている組織、それがギルドであり、そのために冒険者は収穫物から得られる報酬のいくらかを寄付をするのが習わしとされている。
その一部は、自分たちが怪我や病気をしたときの治療費としても使われる。
顔の知らない者同士であってもお互いに助け合って成り立っている、ギルドにはそういう一面もあるのだ。
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