(8-4)
「ちょ、えっ!?」
状況を飲み込めていないクローレをとにかく安全な場所まで連れていかなければならない。
だが、鉤爪熊はそんな誘導作戦には惑わされず、二人の方を追いかけてくる。
雪狼の俊敏さと比べてどちらが捕らえやすい獲物か瞬時に悟ったのだろう。
「あいつ、頭いいよね」
――ああ、脳天気なおまえさんと比べたらな。
「ったく、感心してる場合じゃねえだろ」
木々の間を左右に逃げるものの、鉤爪熊はその重量のある巨体を滑らせることなく的確に方向を変えてくる。
と、二人の判断が分かれて木の幹で手が離れる。
――しまった。
鉤爪熊は躊躇なくクローレを追う。
狙いやすい獲物を確実に仕留める。
化け物だろうと、野獣の本能は明確だ。
キージェは駆け抜けざまにストームブレイドを一閃、木の幹を切断し、それを蹴りつけ叫んだ。
「おい、こっちだ!」
ゆさゆさと揺れて倒れる木の音につられて一瞬目を向けたものの、巨獣の勢いは止まらずクローレの背中を追っていく。
ちっ、だめか。
落ちている枝を拾い、槍のように投げるが、背中に命中しても剛毛に弾かれ、まるで効き目がない。
クローレは傾斜地に追い詰められ、足を滑らせながら坂を上っていく。
鉤爪熊は後足で立って咆哮を上げ、前足の鉤爪を獲物に向かって伸ばす。
キージェは枝を数本拾いながら駆けつけ、木の幹にぶつけて鳴らす。
ゴン、ガン、ゴガン、ゴン!
音痴な中年男が繰り出す耳障りな雑音に苛立ったのか、鉤爪熊がようやく振り向いた。
「おい、こっちだ。かかってこい!」
枝を投げつけ叫び、キージェはストームブレイドを両手で握り直す。
向こう側で、肩で息をしながらクローレはフレイムクロウに炎をまとわせている。
二人で視線を交わし、攻撃の間合いをはかる。
と、そのとき、白い塊が樹冠から降ってきた。
「ミュリア!」
雪狼は鉤爪熊の背中にのしかかって首にかみつく。
だが、黒い毛を口にくわえただけで、全く歯が立たずに振り落とされてしまう。
怒る鉤爪熊は再びクローレに狙いを定め、坂の土をえぐり始めた。
クローレが斜面をじりじりとずり落ちていく。
フレイムクロウも構えることができず炎が消える。
――攻撃が的確すぎる。
知能の高い化け物だぜ。
だが、人間とも違う。
合理的な判断の中に野獣らしい突発的な本能が入り交じる。
キージェは拡嵐心眼が逆に災いして鉤爪熊の動きが読めず、攻撃できずにいた。
と、そのとき、ミュリアが再び背後から跳躍し、背中に食らいつく。
鉤爪熊は雪狼を振り払おうと振り向くが、背中に手が回らないため持ち前の鋭い武器が役に立たない。
だが、かといってミュリアもまた黒い毛をかじり取っただけで、背中を振るった巨獣に振り落とされ、キージェのところまで転がってくる。
大丈夫か。
――見て。
ん?
ミュリアが顔を向けた方向を見ると、クローレが鉤爪熊の背中に飛び乗っていた。
「おい、無茶するな!」
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