(7-3)
天の川が降ってきたような輝きとに目を奪われた瞬間、つま先が地面の石に引っかかった。
「うおっ……」
「ちょっ!」
キージェがのしかかり、二人一緒に倒れそうになると、すかさずミュリアが白い毛並みを滑り込ませ、クローレの背中を守ったが、キージェの腕は勢いを支えきれず、ゴツンと額がクローレの額に激突し、汗ばんだ鼻先が触れ合う距離で、柔らかな吐息が頬の無精ひげをざわつかせる。
「いっったた……石頭だね、キージェ」
「す、すまん」
頭をふらつかせながらキージェは腕を伸ばし、クローレから飛び退いたが、肩がはだけ、胸元まで露わになっていて、あわてて目をそらす。
「もう、キージェ、大丈夫? すごく顔赤いよ」
「火だよ、火。たき火に突っ込むところだったんだよ。炎の使い手がやけどしたらしゃれにならねえぞ」
ごまかしたものの、クローレの柔らかな感触と、至近距離で見た潤んだ瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
キージェの心臓は一瞬で爆発寸前だ。
心の中で必死に言い訳を繰り返すおっさん四十五歳。
いや、本当に事故だったんだ。
わざとじゃねえから。
本当に足がもつれたんだよ。
おっさんに押し倒されて気持ち悪がられていないかとキージェは心配でならなかったが、クローレはまるで気にしていないようで、ミュリアに寄りかかったままキージェを見上げている。
「キージェって、剣を振るってるときは疾風幽影とか、見えないくらい素早いのに、なんで踊りだとおじさん臭いの?」
「おっさんだからだよ。体力がねえからこそ、無駄な動きを極力省くんだ」
「そういう動物いるよね。獲物が近づいてくるのをじっと見てて、ここだっていうところで、ペロってつかまえちゃうやつ」
「合理的だろ」
「若さって無駄なんだね」と、クローレが笑う。「勝手に体が動いちゃう」
ちげえよ。
おっさんからしたら、まぶしすぎて直視できねえんだよ。
ミュリアがくすぐったそうに地面に体をこすりつける。
「あれ、ミュリアどうしたの。おもしろくて笑ってるの?」
――ヘタレ。
うるせえよ。
おっさんはな、夜は本当に体力がねえんだよ。
キージェはわざとらしく腕を突き上げ、大げさにあくびをして見せた。
「あー、もう、俺はダメだ。疲れたから、寝るぞ」
ん?
いや、待て、寝るっていうのは、純粋に睡眠という意味で……押し倒したのは本当に事故だからな。
ああ、もう、めんどくせえ。
「明日はヴォルフ・ガルムに遭遇するかもしれないんだ。しっかり寝ておけよ」
師匠らしく渋い表情で言い残し、先に寝台に上がる。
「はぁい」と、弟子は素直に師匠の隣に横になる。
ちょ、おまえ、なんでそこなんだよ。
「ふわふわのミュリアと一緒に寝たら疲れもとれるんじゃないのか」
「そうだね。じゃ、そうしようか」
――あっぶねえ。
おまえなんかと、一緒に並んで眠れるかよ。
一晩中悶々とさせる気かよ。
明日の朝には燃え尽きてるぞ。
ミュリアを中央に、キージェとクローレが両脇に並んで毛布をかぶる。
「おやすみ、キージェ」
「おう、おやすみ」
すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。
まったく、若いと寝付きが良くてうらやましいよ。
キージェは目を閉じながら、明日のヴォルフ・ガルムとの戦いを考えてみたが、時折漏れるクローレの寝息につい心が乱されて、いつまでたっても眠気がやってこない。
諦めて目を開け、星空を見上げる。
黒衣騎兵だった頃は野営が基本だった。
若い頃はどこででもどんな姿勢でも眠れたものだが、それがだんだんきつくなってきたのも、兵士をやめようと思った大きな理由だった。
そんなことで、と思われるかもしれないが、睡眠で疲労を回復できない兵士は徐々に脱落していき、隊のお荷物になる。
まして、隊長がそんな調子では、全滅だ。
思えば、オスハルトは、よく眠る男だったな。
目を閉じると寝ちまうくらいだった。
野営の時はいびきがうるさくて、俺は眠れなかったんだっけ。
なのに、あいつ、やたらと俺のそばで眠りたがってたな。
なんだよ、俺の寝不足はあいつのせいか……。
クローレの寝息がそんな過去の記憶を呼び起こし、降り注ぐ流れ星を数えているうちに、いつの間にかキージェは深い眠りに落ちていた。
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