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(1-4)

 群衆から拍手喝采が沸き起こる中、男は剣を鞘に収め、クローレにちらりと目をやった。


「ほら」


 一言だけ発し、あらためて彼女に手を差し伸べる。


 クローレは涙に濡れた顔を上げ、震える手で男の手を取った。


「あ……あんたは……?」


 彼女の声は弱々しいが、目には尊敬の光が宿っていた。


 男は面倒くさそうに肩をすくめた。


「ただの通りすがりさ。剣を拾いなよ。冒険者は膝をついちゃいけねえよ」


 彼はそれだけ言うと、マントを翻して去っていく。


「待って!」


 フレイムクロウを拾い上げ、必死に群衆をかき分け男の後を追う。


「あなた、誰なの? どうしてあたしを……?」


 男は足を止め、振り返らずに低くつぶやく。


「だから、通りすがりだっつうの。ほっとけって」


 だが、クローレは諦めない。


 彼女は男の横に並び、目を輝かせて話し始めた。


「あたし、クローレ。名乗ったんだからさ、名前くらい教えてよ」


「キージェ」と、男はぼそりと答えた。


「キージェってさ」と、早速クローレが親しげに名前を呼ぶ。「ただの冒険者じゃないよね? あんな技、見たことないもん。どうやってあんな速さで……」


「うるさいな。助けてやったんだ。それでいいだろ」


 彼は歩みを速めるが、クローレはさらに食い下がる。


「ねえ、待ってよ! あなたみたいな人に会ったの、初めてなの! 師匠になってよ! 私も、強くなりたい!」


 彼女の声には、さっきまでの絶望が嘘のような熱がこもっていた。


 キージェは立ち止まり、うんざりした顔でクローレを見た。


「お嬢ちゃん、俺はもう引退したんだ。面倒なことに巻き込まれるのはゴメンだ」


 彼は手を振って追い払おうとするが、クローレは一歩も引かない。


「でも、あなたが助けてくれたから。私、あんな目に遭って、もうダメだと思ってたけど、あなたの剣を見てまた戦いたいって思えたの」


 キージェは小さく舌打ちを返す。


「ったく、しつこいな」


「お願いだから」


 迫る視線を避けるように顔を背け、ぶっきらぼうに言う。


「剣を握るなら、泣く前に振ればいい。俺は関係ねえ」


 頑なな態度に、クローレは口をとがらせる。


「ねえ、おじさん、お願いだからあたしの初めてになってよ」


 周囲がざわつき、年の差男女に好奇な視線が集中する。


 キージェはあわててクローレの腕を引き、人混みを離れた。


「なあ、おまえ、何言ってんだよ。言い方ってもんがあるだろ。誤解されたらどうする」


「どういうこと?」


「おまえ、いくつだ?」


「十八だけど」


「今まで何やってた?」


「ダンジョンでレベル上げ。これでも本当にSランクなんだよ」


「フレイムクロウの使い手か。それが、なんであんな連中に絡まれてたんだ?」


「やつらが、あたしの獲物を横取りしてさ。それで文句を言ったらあのザマでさ……かっこ悪いね、あたし」


「村を焼かれたとか言ってたよな」


「黒衣騎兵にね」


 キージェの眉がピクリと上がる。


 それに気づくことなくクローレが続けた。


「あたしはまだ修行に出たばかりでさ。全然歯が立たなくて、助けを求めに行ったんだ。逃げたんじゃない。だけど……ううん、本当は怖くて逃げたんだよね。そしたら、あんなことに……」


 涙声になるクローレの話をキージェは押しとどめた。


「もういい。わかったよ」


「じゃあ、あたしの初めてになってくれるの?」


「だから、言い方」と、キージェは白髪交じりの頭をかく。「師匠も大げさだ。初めての先生くらいでいいだろ」


「やったあ!」


 いきなり遠慮もなくキージェの腕に絡みつき、露出の多い肌が迫ってくる。


「お、おい、やめろって」


「なんでよ。うれしいんだもん」


「あのな、つまり、その……先生と教え子にはそういう軽々しい関係はふさわしくない」


「えー、そうなの」と、渋々クローレが離れる。


「あと、とりあえず、これを巻いてろ」


 キージェは黒いマントを外してクローレの肩にかけた。


「おまえのその姿は人目を引く」


「ありがとう」と、クローレは素直にマントで体を覆った。「なんか、恥ずかしいね」


「今さらかよ。もっと自覚しろ」


 ――やれやれ。


 やっかいなもん、拾っちまったなあ。


 キージェは背中を丸めて白髪交じりの頭をかきながらため息をついた。



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