(6-8)
と、そんなことを考えていたら、ミュリアの声が聞こえた。
――髪、大事。
まあ、おまえさんの純白の毛も芸術品だけどな。
だからこそ密猟者に狙われるわけだし。
――あなた、娘、守る。
俺があいつを守ってやれってか?
うーん、でもなあ。
いつまでもそうしていられるわけじゃないだろ。
あいつはあいつで強くなっていかなくちゃならないんだし。
ただ、そのためには、人を殺す経験を積む必要があるんだろう。
それがクローレにとって本当に必要なことなのかどうか、今のキージェには判断がつかないのだった。
だから、俺が守ってやらなくちゃならないのか。
黙り込んでいると、クローレが急にお礼を言い出した。
「さっきはありがとう。うれしかったよ」
指に銀髪を絡ませながら、どこか恥ずかしそうに頬を赤らめている。
「ん、何が?」
「髪をつかまれたとき、キージェが怒ってくれたから」
あ、おお……。
「いやまあ、なんていうか、伸ばすの大変だったんだろ」
キージェは無精ひげを指でこすりながら、肩をすくめて答えた。
クローレが前髪で目を隠してつぶやく。
「村を出てから切ってない」
それは決意の結晶なのだった。
キージェはその言葉の重みを受け止めながら、腰に手を当て背筋を伸ばした。
「大事なものなら、くつろいでいるとき以外はまとめておいた方がいいな。モンスターは髪の毛をつかまないだろうが、人間はどんな卑怯な手でも使う。だが、それは敵を倒す方法としては正しいんだ」
「そうだね」と、クローレは脇を上げ、するりと髪を丸めて麻紐で縛った。「どう?」
――ん、あ?
思わずその仕草に見とれていたキージェはとっさに感想が思いつかず、咳払いでごまかした。
「ま、いいんじゃないか」
「何それ、もっと褒めてよ」
唇を尖らせたかと思うと、すぐにクスクスと笑い出し、反応を試すようないたずらっぽい光を瞳に宿らせながらキージェを見つめる。
「ああ、いいと思うぞ。動きやすそうだ」
「そうじゃなくて」と、今度は頬を膨らませる。
――ああ、かわいいよ。
そういう顔もいいもんだ。
だがな、無駄に歳を重ねたおっさんは、こういうときに褒めるのが下手なんだよ。
おまえさんが人を殺したことがないように、女にもてた経験がないんだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか」と、クローレが手をたたく。
「もうかよ。まだいいだろ」
キージェは汗で張り付いた前髪をかき上げ、わざとらしく膝をたたいて見せた。
だが、クローレは右手を天に突き上げ、軽やかな足取りを見せつけるように歩き出す。
「はあい、リーダーはこの私です。着いてきてくださーい」
キージェは心の中でミュリアに愚痴をこばした。
おい、これでも守ってやれって言うのか?
雪狼は毛並みをきらめかせながら返事もせずにクローレに着いていく。
なんだよ、おまえもそっち側かよ。
おっさんは誰からも理解してもらえねえんだな。
「ほら、キージェ、すねてないで早く来てよ」
今度はガキ扱いされちまったよ。
まったく、やってらんねえよ。
本当にすねちまうぜ。
両手を突き上げ、大きなあくびをしながらキージェはとぼとぼと若い連中の後をついていった。
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