第6章 雪狼(6-1)
干し肉や果物などの携帯食料を買い込んでベルガメントを出た二人は森の中を歩いていた。
目指すはヴォルフ・ガルムの出没で困っているというリプリー村だ。
途中どこかで一泊して、明日の昼前には到着できるだろう。
道は平坦で疲れることはないが、森は静寂に包まれ、やや湿り気を帯びた土を踏む自分の足音が単調すぎて、キージェはあくびをこらえきれなかった。
「ちょっと、ずいぶん気が抜けてるんじゃないの」と、隊長気取りのクローレがキージェの鼻先に指を突き出す。
「おっさんになると、この時間は昼寝してるんだよ」
「なにそれ、赤ちゃんじゃないんだから」
――若いやつには分からないだろうな。
俺もおっさんになるまでは思いもしなかったからな。
「ダンジョンにはヴォルフ・ガルムっていなかったから、私は知らないけど、師匠は見たことある?」
「ああずいぶん昔、一度だけ。戦ったわけじゃないけどな」
「牙が鋼を砕くとか、咆哮だけで気絶するとかって、ギルドのお姉さんが言ってたけど、ヴォルフ・ガルムってほんとにそんな強いの?」
軽い口調でたずねてはいるが、声にはほのかな不安がにじんでいるような調子だった。
「普通の狼なんかに比べてかなり大きいんだよな。そのくせして、俊敏でさ。俺が見たときには、すぐにいなくなってたよ」
「見ただけって、本当に見ただけなんだね」
「まあな。もともと人のいるところには出没しないんだよ。特に、俺たち騎士団みたいな武装集団は本能的に嫌うんだろう。だから、すぐに姿を隠しちまったんだろうな」
「それが村に出るって、変だね」と、首をかしげる。
「俺もそれが気になってたんだ」
と、そんな話をしているときだった。
森の奥から不自然な金属音と低いうめき声が聞こえてきた。
キージェは足を止め、手で制してクローレにささやく。
「待て。何かいる」
クローレも即座にフレイムクロウに手をかけ、キージェの視線を追う。
鎖を引くような金属音に向かって慎重に歩み寄ると、苔むした岩の陰に、雪のように白い毛並みの動物が横たわっていた。
「おい、こいつ、雪狼じゃねえかよ」
それは巨大な狼――だが、ヴォルフ・ガルムとは別の白い狼だった。
全身を覆う純白の長い毛は雪の結晶を織り込んだように輝き、金色の瞳には深い知性が宿り、その気高い姿は神々しさをにじませている。
しかし今、目の前にいる雪狼は鋼鉄の罠に足をはさまれ、美しい毛並みを血で汚しながら力なくうずくまっていた。
「これが雪狼? 初めて見た」
クローレが息を呑み、目を輝かせる。
「ああ、俺もだ。なにしろ伝説の生き物だからな」
雪狼はめったに人の前に姿を現さず、見た者は幸福になれると言われている。
凛とした美しさは、傷ついた姿すら神秘的だった。
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