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その時、群衆の後ろから低い声が響いた。
「なあ、そのくらいにしときなよ」
群衆が振り返ると、ボロボロの黒マントを羽織った中年の男が立っていた。
無精ひげを生やし、灰色の髪は乱れ、腰に下げた剣の鞘は傷だらけだ。
見た目はただの引退した冒険者だ。
中年男は鼻をこすりながら面倒くさそうに首を振った。
「弱い者いじめをしても、あんたらが強くなるわけじゃねえだろ」
ヴェルザードが鼻で笑う。
「なんだ、このみすぼらしいおっさんはよぉ。引退したジジイが説教か?」
リリスが口元を押さえてくすくす笑う。
「おじさん、こんなところに首突っ込むと怪我するわよ。さっさと消えなさい!」
ガルドが戦斧を肩に担ぎ、「邪魔だぜ、ジジイ!」と、唾を吐く。
男は小さく舌打ちした。
「……ったく、俺だって関わりたくねえんだがな」
彼はゆっくり歩み寄り、剣を抜いた。
群衆のざわめきが止まり、張り詰めた空気が広場を覆ったかと思うと、それは一気に爆笑に変わった。
「なんだ、あれ、錆びてるぜ!」
「人間もヨボヨボだけど、剣までボロボロとはな」
「やめときな、おっさん!」
野次を浴びて頭をかきつつ、男は三人の前に立った。
ヴェルザードが杖を突きつける。
「聞こえねえのかよ。引っ込んでな!」
「あんたらがおとなしく引っ込んでくれたらな」
「なんだと、てめえ、いい気になりやがって!」
ヴェルザードが杖を振り、黒い魔力の刃を放つ。
同時にリリスが短剣を投げ、ガルドが戦斧を振り下ろす。
三方向からの攻撃がキージェに殺到した。
だが、次の瞬間、広場に雷鳴のような衝撃音が響いた。
魔力の刃は霧散し、短剣は空中で弾かれ、ガルドの戦斧は真っ二つに折れた。
男は一歩も動かず、剣を軽く振っただけなのに。
群衆が凍りつき、ヴェルザードたちの顔から血の気が引く。
「な……何!?」
呆然とするヴェルザードに男は無言で一歩踏み出す。
剣圧が空気を裂き、クローレが破れなかった魔力の障壁を紙のように切り裂いた。
「ぐはっ!」
ヴェルザードが膝をつき、恐怖に目を見開く。
リリスが短剣を手に突進する。
「このジジイ!」
だが、キージェは一瞥しただけで彼女の手首を掴み、軽くひねって短剣を落とさせた。
リリスが悲鳴を上げ、クローレの前に崩れ落ちる。
「ちょっと、え、何なの!?」と、目を丸くしたクローレに男が手を差し伸べる。
「立てるか、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃないわよ。私は剣士なの!」
と、そこへ戦斧を振り上げたガルドが突進してきた。
「てめえ、ぶっ潰す!」
だが、男は振り向きざまに剣で巨大な斧を払い、まるで丸太を転がすようにガルドを地面に叩きつけた。
痙攣した巨漢が動かなくなる。
男は小さく吐息をつき、「……あーあ、やっちまった」と呟いた。
あっけない戦闘に群衆が静まりかえる。
「ちきしょう、この借りは返すぜ」
ヴェルザードとリリスがガルドを引きずって逃げ出した。
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