(5-2)
気がつけばホールが静まりかえっている。
居合わせた冒険者たちの意識が皆クローレに向いているのが分かる。
「何回やっても私なんかへとへとなのに、師匠はけろっとしててね。なのに、ベッドでずっと手を握ってくれる優しさもあって……」
――ちょ、あの、おまえ……言い方。
「キージェさんが?」と、ライラの視線がキージェに刺さる。「じゃあ、昨夜はお二人で一緒に過ごされたんですね」
「うん、そうよ」と、クローレが頬を赤らめ両手で押さえる。
キージェの顔が一瞬で燃え上がり、慌てて手を振る。
「ちげえよ! そういうんじゃねえ! ただ泊めただけだ! あと、おまえ、なんで赤くなる!」
クローレに指を突きつけても手遅れだ。
背後の野郎どもは皆ニヤニヤと想像を膨らませ、ライラは細く冷たい目でキージェをにらむ。
「つまり、泊めたのは事実と認める、と」
ちょ、なんで書類に書き込んでるんだよ。
まるで犯罪者の調書じゃねえかよ。
だめだ、事実を言おうとすればするほど誤解される。
キージェは滝のような汗をかきながら、カウンターを平手でたたいた。
「どうでもいいから、早く仕事をくれ」
ライラは書類を何枚かめくって内容を眺めてから、一枚を突き出した。
「仲の良いお二人にちょうどいいクエストがあります。近くの森で、闇の魔力を帯びた『ヴォルフ・ガルム』が暴れてて、周辺の村が危険な状況なんです。牙は鋼を砕き、咆哮だけで弱い者は気絶する厄介な魔物ですよ」
キージェは顔を引き締め依頼書に視線を落とす。
「ヴォルフ・ガルム、闇の魔力を帯びた巨大な狼、か。面倒な相手だな」
クローレは興味津々に身を乗り出し、目を輝かせる。
「へえ、強そうな魔物! でも、師匠なら楽勝でしょ? 剣聖様だもんね」
ライラが意味深な笑みを浮かべる。
「あ、でもキージェさん、Fランクですから、このクエストを受ける資格はありませんね」
キージェは眉を寄せてカウンターに肘をつく。
「べつにいいじゃねえかよ。ランクになんか興味ねえんだからよ」
クローレが横からクスクス笑い、キージェを指さす。
「え、Fランクなの、 師匠。底辺じゃん。 冒険者としては完全に私が上だね」
彼女は胸を張り、Sランクの自信を誇示するように緩んだ笑みを向ける。
――いや、おめえの自慢はその巨乳だろ。
立派に育ちやがって。
「ねえ、師匠、このクエスト、Sランクの私が受けることにすればいいよね」
キージェは肩をすくめ、ぶっきらぼうに鼻を鳴らす。
「そうしてくれ」
ライラが依頼書にギルドの印を押す。
「じゃあ、この依頼、クローレさんが引受人で登録しますね。報酬はかなり良いですよ。お二人で半年は遊んで……お楽しみになれるんじゃないかしらね。成功したら、キージェさんのランクもDくらいまで上がるかも」
「ランクなんざどうでもいい」と、キージェはむっつりと言い放ち、依頼書を懐にしまった。
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