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(4-5)

 おっさんの昔語りを聞かせるのが気まずくてキージェは話を止めた。


 クローレは手の甲で頬をぬぐい、鼻をすすりながら顔を上げた。


 赤く腫れた目はただキージェを向いているだけで、何が見えているのかは分からなかった。


「なんで偽名なんか使って逃げてたの?」


 クローレのつぶやきには何の感情もこもっていなかった。


 怒りでも愚痴でもなく、その質問に興味すらないように思えた。


「俺は魔物との決戦の後、黒衣騎兵を辞めようとした。盟友の死で心が折れたなんて言えばそれっぽいが、戦うことにただ疲れただけだ。だが、国王軍を統率する将軍はそれを認めなかった。だから俺は逃げた。それで追っ手が今でも襲撃してくるってわけさ」


 キージェは懐から紐に吊した印章を取り出した。


 常に肌身離さず持ち歩いているものだ。


「これは黒衣騎兵の指揮官が持つ印章だ」


 跳躍する馬を月桂冠が取り囲んだ紋章が刻まれている。


「俺が抜けた後の黒衣騎兵は志を見失い、国王の政治に逆らうものを叩き潰すだけの暗黒の騎士団になっちまった。俺がいた頃とは別物だ」


「何があったの?」


「分からん」と、キージェは力なく首を振った。「倒した魔物の怨念とも、単なる国王の乱心とも言われているらしいが、本当のところは俺も知らない。関係を絶ったのは、もうずいぶん昔のことだからな」


 クローレは涙をぬぐい、キージェを見上げた。


「じゃあ、キージェは私の村を襲った連中とは関係ないの?」


「ああ、そうだ。俺が辞めたのは十五年も前だ」


「私の村が襲撃されたのは八年前だよ」


「単純な計算だな」


「だったら、別に責任を感じる必要はないじゃない!」


 キージェは苦笑し、遠くを見つめる。


「直接はないだろうが、俺が辞めてなかったら、こんなふうにはなってなかったかもしれない」


「先にそれを言ってよ」


 立ち上がったクローレがいきなりキージェに抱きついた。


 背中に回した腕があばらを折る勢いだ。


「お、おい」


 まったく予想外の行動に中年男はうろたえるばかりだった。


 ――何が先読みの拡嵐心眼(インサイトストーム)だよ。


 無抵抗で懐に飛び込まれやがって、だらしねえったらありゃしねえ。


 敵だったら即死だろ。


 ――いや。


 本当に俺が刺されてやればよかったのかもな。


 そうすれば、こいつは敵討ちが成就して過去の呪縛から解き放たれたかもしれない。


 真実に意味なんかない。


 そんなもの、嘘を使いこなすためのただの道具に過ぎないんだからな。



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