(4-4)
クローレが怒りにまかせて飛びかかってくる。
テーブルを突き飛ばし、椅子を乗り越え、しゃにむにフレイムクロウを振り回す。
鋭く振り下ろされる剣の動きには迷いがあり、刃を突きつけられてもキージェは淡々といなしてしまう。
――剣でなんかかかってくるなよ。
その深い旨の谷間に挟んで窒息させてくれりゃ、おとなしく死んでやるぜ。
狭い小屋の中で銀髪を振り回しながら、クローレは何度もフレイムクロウを振り回し、キージェを追い詰めようとした。
目は涙でにじみ、唇を噛み締め、まるで自分の悲しみ全てを剣に込めてぶつけようとしているかのように。
しかし、どんなに激しく斬りかかっても、キージェに血の一滴すら流させることはできなかった。
クローレの息が上がり、胸が激しく上下し、汗で額に張りついた銀髪を鬱陶しそうに何度もぬぐう。
怒りと絶望で顔をゆがませながら、ついに膝を突いて床に崩れ落ちた。
「なんで、なんでなのよ。どうしてこんな……」
クローレの声は嗚咽に変わり、両手で顔を覆って泣き出した。
涙が指の隙間からあふれ、床に滴り落ちる。
顔も胸の谷間も膝もすべてぐしょぐしょに濡らし、大きく肩を上下させながら嗚咽を漏らす。
子供のように泣きじゃくる女を前にして、キージェはただ見下ろすばかりだった。
――こんなときでも、なぐさめてやることもできねえ。
いい男の真似なんて似合わねえおっさんですまねえな。
ふがいなさと苛立ちを抱えながら、キージェは立ち尽くしていた。
やがて、涙も涸れたのか、クローレはうつろな目でうなだれ、ただの石像と化していた。
「俺は黒衣騎兵だった」と、キージェは静かに語り始めた。「黒衣騎兵は国王直属の精鋭で、それに選ばれるのは最高の栄誉だった。王都エンブルグの町外れに捨てられていた俺は傭兵として育てられ、徹底的に訓練された。何度かの戦いで手柄を立てて黒衣騎兵に選ばれた時は誇りに思ったものだ」
記憶をたどるような遠い目でキージェは話を続けた。
「黒衣騎兵の黒は何者にも染まらないという意味で、絶対的忠誠の象徴だった」
クローレは銀髪で顔をおおってうなだれたまま、自分の涙でできた床の染みをじっと見つめている。
「俺がまだ三十の頃だ。魔物が王都に押しかけた。俺たち黒衣騎兵は国の危機に立ち向かった。苦戦したが、なんとか打ち負かして王都は守られ、誇りを胸に戦った俺たちは国を救った英雄になった。だが、そのさなか、俺は盟友のオスハルトを亡くした」
一息でまくし立てたキージェはふうっと肩の力を抜き、続けた。
「やつは俺と同じ孤児で、幼い頃から技を競い合った仲だった。指揮官に選ばれたのは俺だったが、実戦では俺もあいつにはかなわないことが多かった。魔物との決戦で、やつは捨て身の攻撃を仕掛けたんだ。俺たちを救うためにな」
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