(3-2)
ふと気がつくと、クローレが鍋をかき混ぜながら、キージェを見てニヤニヤ笑っている。
「師匠、あたしのこと見てたでしょ」
「は!? あのな、火だよ、火! たき火の火を見てたんだよ!」
「黄昏れてたの?」
「そうだよ。おっさんなんだからよ」
白髪まじりの頭をかくキージェに、クローレが片目をつむりながら指をさす。
「師匠ってそういう姿、似合うよ」
「ああ、そうかよ。ありがとさん」
気のない返事にクローレの頬が膨らむ。
「なによ、せっかく褒めたのに」
「今さら褒められたって何にもならねえよ」
――どうせ、若い頃には戻れないんだ。
無言の空気が流れる二人の間で、まるで茶化しているかのようにパチパチと派手に木がはぜた。
「ねえ、師匠、ちょっと味見してよ」
クローレが鍋で煮えたスープを木のスプーンにすくって運んでくる。
手元に視線が集中してるせいで、足下の石に気づかなかったのか、あと少しのところでつまずいてしまう。
「わっとっと!」
スプーンからこぼれた熱いスープがキージェの膝に飛び散る。
「うおっ、熱っ、痛ってぇ!」
思わず飛び上がったキージェが腰を階段にぶつけ、蛙のようにひっくり返った。
「ご、ごめん、師匠! 大丈夫!?」
「大丈夫じゃねえよ、大惨事だ!」
「今拭くから」
クローレは布を取ってきてキージェの脇にかがみ込む。
銀髪がカーテンのようにキージェの顔に被さり、その上、かがんだ姿勢で胸元が開き、目の前に深い谷間が突きつけられる。
「おまえ、わざとやってるだろ!」
キージェは慌てて後ずさり、顔を真っ赤にして両手を振った。
「え、ひどい。やけどさせちゃったのは悪いけど、わざとなはずないじゃん」
クローレは涙目で、なおも膝を拭こうと追いかけてくる。
そのたびに、彼女の動きに合わせて胸が揺れ、キージェの心臓はすでに臨界点を突破していた。
「いや、違う、そういうことじゃなくて。い……いいから! 自分で拭くから離れろ!」
クローレは目の縁に涙をためながら口をとがらせる。
「ごめんてば、そんなに怒らないでよ。私のせいだけど」
「言い方が悪かった。わざとっていうのは、そういう意味じゃない」
「だから、どういう意味よ? 全然わかんない」
「ああ、もう大丈夫だから。そんなにたいしたことないから安心しろ。ちょっと慌てただけだ」
キージェは鼻の頭をかきながら、わざとらしく咳払いして視線を逸らした。
「本当に大丈夫?」
「ああ、なんともない」
クローレは「ふーん」と不満げに首をかしげたかと思うと、くすりと笑い出した。
「師匠って、強いのか弱いのか分からないね」
「剣術じゃねえから、不意を突かれてびっくりしたんだよ」
「じゃあ、師匠を倒すときは、後ろからこっそり熱々のスープぶっかけるね」
「冗談でもやめてくれ」
――ったく、このお嬢ちゃん、油断も隙もありゃしねえよ。
「あ、たいへん、お肉焦げちゃう」
結局、味見は忘れてしまったらしい。
串焼きを回して立て直すと、肉から滴る脂が火に落ちて小さな炎を上げた。
空腹を刺激する香りが鼻をくすぐる。
感想、ブクマ、評価ありがとうございます。




