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桃花の影に聞いたこと

「はぅ~、辰さん好き~」


 お部屋に戻った僕は、ころころと寝台の上に転がっていた。ぎゅう、と腕に抱きしめた外套から、清冽な香が匂う。まるで辰さんがここにいるみたいで、どきどきしちゃうな。

 お兄様のところでは会えなかったけど、戦ってる姿も見られたし。送ってもらっちゃったし……月光に照らされた横顔を思い、僕はひゃーッと悶えた。

 

 ――優しくて、かっこいい辰さん……大好きすぎるよーっ。

 

 お別れしたばかりなのに、もう恋しい。はしゃぎ通しの僕に、お茶を入れていた梅が、呆れ顔で言う。


「羅華様ったら。そんなに強く抱きしめては、辰殿にお返しするときに困ってしまうのでは?」

「……あぁっ!」


 僕は、慌てて身を起こす。ぱふぱふ、と外套を振って、丁寧に皺を伸ばした。

 防護の呪がかかっていたのが幸いして、綺麗に戻った生地にほっとする。梅はくすくすと笑った。


「羅華様、良かったですね。辰殿にお会いできて」


 僕は、ぱっと笑顔になった。


「うんっ。辰さんね、ずっと忙しかったみたいなんだ。お兄様の言いつけで、都に警護に出てたんだって……!」


 お部屋に送ってもらう道すがら、辰さんが話してくれたんだ。都にキナクサイ動きがあるから、お兄様が辰さんに調査をお命じになったそうなの。だから、あんまり会えなかったんだよって。

 そう説明すると、梅は神妙に頷いた。


「なるほど……たしかに、今の都は空気が良くありません。私もお使いに街に出ますが、どことなく嫌な気配を感じますもの」

「そ、そうなの?! 辰さん、大丈夫かなあ……」


 にわかに不安になって、泣きそうになる。すると、梅が、ぎゅっと手を握ってくれる。


「羅華様、ご安心くださいませ。辰殿は、貴方を任されるほど、若君さまに認められた武人ですもの。大丈夫どころか、大手柄を立てられますわ!」

「梅……ありがとう」


 梅の背中に、炎が燃えてるっ。

 僕はちょっとたじろぎながら、えへへと笑った。優しいねえやの激励に、勇気が湧いてくる。

 

 ――辰さんのために何かできないかな……そうだ!

 

 ぴんときて、僕は針と糸を取り出した。梅が不思議そうに「羅華様?」と聞くのに、にっこり笑って頷いた。外套を広げて、先にかけられた防護の術を強くするよう、針を刺していく。


「霊符の強化ですか?」

「うん! もうちょっとね、効果を強くできるかなって思って」


 手元を覗き込んで、梅が驚いたように言う。僕は頷いて、せっせと手を動かした。

 

 ――辰さんが、任務で危険な目に遭いませんように。護ってくれますように……。

 

 願いをたっぷりこめて、縫い終えてしまう。黒い外套の裏地に、銀色の桃花が舞い踊っている。


「おお……とっぽいですわね」

「とっぽい……? かっこいいってこと?」

「え、ええ。もちろん!」


 力強く頷いてくれた梅に、僕はほっとする。綺麗に畳みなおした外套を腕に抱えて、ぱっと立ち上がった。


「ぼく、これを宿舎に届けてくるっ」

「ええっ!? 今からですか?」

「うん! だって、明け方には任務だって言ってたんだもの」


 早朝に訪ねるのは、ご迷惑だし。どうせだから、すぐに渡したいもんね。僕は綺麗な布に、干菓子と外套を包むと、腕に抱えた。


「ちょっと行ってくるー。梅はお饅頭食べててっ」

「あ……羅華様!」


 慌てたように声を上げる梅に笑いかけて、僕はお部屋を飛び出した。


 

 *


 

「ふんふん……♪」


 鼻歌を歌いながら、僕は宿舎に向かう。

 敷地の端にある武人の宿舎までに、桃の木がずらりと植えられている。その中に、ひときわ立派な大木をみとめ、頬が熱くなった。

 

 ――ここで、辰さんがプロポーズしてくれたっけ……。

 

 思い出して、ふふっと笑み零れる。あの夜は、可憐な花を咲き誇らせていた桃の木は、瑞々しい若葉を揺らしていた。近づいて、幹に手を触れると木肌からぬくもりが伝わってくる。


「……ん?」


 連なる木々の奥から、話し声がかすかに聞こえてきた。


「――のか」

「――てくれ。俺は――」


 耳を澄ませていると、それが知った人のものだって、気づいた。ひょい、と木の影から覗いてみると、予想通り。そこに居たのは、辰さんと剛さんだった。さっきと同じような状況と、二人のただならぬ様子に、僕は目を瞬く。


 ――剛さん、すごく険しい顔……辰さんも、怒ってるみたい。どうしたんだろう?


 剛さんが、辰さんに何か言い募ってるみたいだった。仲良しのはずの二人が、どうして。僕は不安で――いけないと知りつつ、そっと耳をそばだてる。


 『風よ。かの声を届けて』


 心で呪を詠じると、二人の声が鮮明になる。

 次の瞬間、剛さんの怒鳴り声が、鼓膜を揺らした。

 

 『――いいかげんにしろ、辰!』


 大音声に、くわあんと頭が揺れる。しまった、音量失敗……! ふらりと木の幹に寄りかかると、今度は辰さんの声が届く。

 

 『しつこいぞ、剛。俺の決めたことに口を挟むな』


 聞いたことのないほど冷めた声に、僕は目を見ひらく。

 

 ――えっ、えっ。辰さん……だよね?

 

 声は辰さんだと思うのに、いつもと全然違う。びっくりして動けないでいると、「ふざけるな」と激高した声が脳を揺らした。

 

 『辰! 愛してもいない相手と契るほど、お前は誇りを失ったか?!』


 ……えっ?

 

 

 

 いま、愛していないって聞こえたような。

 

 ――聞き間違い……?

 

 息を潜める僕に気づくことなく、会話が続く。

 

 『声が高い。他人に聞かれたらどうする』

 『聞かせてやればいい。それで、このバカげた婚姻がふいになるならな』

 『……お前』


 剛さんの言葉に、辰さんの声が低くなる。ガッ、と胸倉を掴むような音が届く。

 

 『俺に殴られたいか? 玄家の方々の世話になっておいて、なんだその言い草は』

 『……っ、ああ、言わせてもらうさ。主のゆがみを正すのも、家人の務めゆえな』


 苦しそうな息遣い。剛さんの声に、熱がこもる。

 

 『考え直せ、辰。大恩ある景岳様の命令だからと、愛してもいない妻を娶るなど――!』


 二回目は、はっきりと聞こえた。ひゅっと喉が鳴る。


「あいして、ない……? お兄様の、命令……?」


 心臓が、どきどきと早鐘を打つ。

 

 『今日も、桃家の令嬢と会ってきたのだろう。仕事人間のお前が、任務の最中に……本当は彼女と契りたいのではないのか?』

 『剛、俺は――』

 『羅華様に恩義を感じるのは解る。羅華様の気に入りだからと、お前は景岳様のお目に留まったのだから。だが、お前の実力は確かだ。望まぬ婚姻を強いられるなどおかしい!』


 剛さんの声が、僕を撃つ。彼は辰さんの為に、本気で怒っていた。


「……どういう、こと? 今日は、任務じゃないの?」


 命令。桃家のご令嬢。僕……そんなの、知らない。

 呆然と、彼の言葉を咀嚼する。

 お兄様が、僕と結婚するように辰さんに言ったってことなの? 大好きなお兄様と、その側に控える辰さんの姿が浮かび……僕はぶんぶんと頭を振る。

 

 ――まさか! 辰さんは、プロポーズしてくれたもん!

 

 震える手で、桃の木に縋った。ごつごつした木肌が冷たい頬に触れる。

 辰さんは、「私の妻になってくれませんか」って、言ってくれた。あの優しい声を、いつでも思い出せる。だから、辰さんは命令じゃないよ。僕をお嫁様にしたいって思ってくれたんだよ!


「……そうだよね。辰さん」


 さっきから黙ったままの、現実の辰さんに、問いかける。――辰さんを信じてるから、盗み聞きなんてやめなくちゃ。そう思うのに、僕は術を解くことが出来ない。

 固唾を飲んで、彼の言葉を待ってしまう。


「……」


 長い沈黙の後――辰さんは言った。

 

 『あの方あっての俺だ。命令であれ、拒む理由などない』


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