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掌中の珠に灯る想い

――お兄様、真剣だったなぁ……すっごく危険なお仕事じゃないといいけど……

 

 都が不穏だと仰っていたお兄様。結界旗が壊れていたのは、玄家にも狙いが定まってるってことなのだろうか。

 やだなぁ、と頭を抱えていると、


「羅華様? お食事の用意が整いましたよ」

「あっ!」


 文徳さんに声をかけられて、ハッとした。……お兄様の棟の客間で僕はおもてなしされているところだったんだ。


「わあっ、いただきまあす」


 うんと考え事をしているうちに、大きな白い卓にはご馳走が並んで、かぐわしい香りが漂っている。不安が吹き飛び、ぱあと嬉しくなってしまう。

 

 ――美味しそう~。僕の好きなご飯ばっかりだ!

 

 指を組んで祝詞を言ってから、僕はくるりとうしろを振り返った。


「あのぅ。文徳さんも、食べませんか?」


 こんなにたくさんのご馳走なのに、文徳さんは卓のそばで立っていらっしゃるんだよ。

 

 ――いつも一人で食べてるから、一緒に食べられたら嬉しいんだけど……!

 

 椅子の背もたれにつかまって、じっと見上げる。文徳さんは眉を下げて苦笑した。


「ははは。お言葉に甘えたいのはやまやまなんですが……景岳様にぶっ飛ばされたくないからなあ」

「?」


 うしろの方、よく聞き取れなかったや。首を傾げていると、「お気になさらず」と文徳さんは礼をとる。


「主従の分でございます。こちらの膳は、若君からの羅華様へのお礼ですので、どうぞ心行くまでお召し上がりください」

「文徳さん」


 譲らない姿勢が、ちょっぴり寂しい。玄家において、主従というものがあるのはわかるのだけど、僕自身はちっともえらくないのに。

 

 ――梅も、辰さんも、ごはんだけはダメっていうんだもんなぁ……さみしい。

 

 何も気にせず、皆で一緒にごはんを食べられたらいいのになぁって思う。


「……ありがとうございます。じゃあ、頂きますねっ」


 でも、あたたかいご飯を用意してくださった気持ちを壊したくなくって、僕はお箸を手に取った。豆苗と油揚げの和え物をつまみ、しゃくしゃくと頬張る。すると、文徳さんが言う。


「寂しく思わずとも、辰とはもうじき一緒に卓を囲めましょう? 夫婦になられるのですから。お食事どころか、お部屋の方も……」

「……むぐっ!」

「る、羅華様!」


 どきっとして、のどに詰まらせてしまう。慌てる文徳さんに、僕は涙目で抗議した。


「文徳さんったら、揶揄わないで下さい~!」

「申し訳ない、性分なもので」


 真っ赤になって狼狽えていると、文徳さんは悪びれない様子で、ぺこりと頭を下げる。お箸をもじもじと持ち直しながら、僕は俯いた。

 ――でも、そっか。結婚したら、一緒に住むことになるんだよね……辰さんと。

 

 考えただけで、頬が鶏の羹よりほかほかになる。緊張して、欠伸さえできないかもしれないと思っていると、文徳さんがくすくすと笑う。


「辰は幸せ者です。若君の掌中の珠である羅華様を妻にできるのですから」

「……っ、ほんと? そうかなあ」


 僕ははじかれたように顔を上げる。客観的に、僕は辰さんのお嫁様に相応しいかな。縋る目で見つめると、文徳さんは少したじろいだように身を引いた。


「も、もちろんですとも。羅華様はなんたって、玄家の直系。そして美しく、才に溢れていらっしゃいます!」

「文徳さん……!」

「辰もそれをわかっているからこそ、任務に邁進しているのですよ」


 感激で目を潤ませた僕だったけど、「任務」の言葉にぎくりとする。


「にんむ……そっか、お兄様が忙しいと、護衛の辰さんも忙しいんですよね」


 最近、あまり会えていない理由に、ぴんと腑に落ちる。美味しいご飯で忘れていた不安が、よみがえってきた。



 

「都の任務……すごく危ないんですか? 大丈夫なんでしょうか?」

「ええ、もちろん。玄家は若君を筆頭に、精鋭ぞろいですから、誰にも遅れなど取りませぬ!ただ、今回の相手は面倒でして……」

「そうなの?」


 噂好きの文徳さんは、いそいそと身を乗り出した。


「玄家は、羅華様もご存じの通り、皇帝の剣にございます。若君様も、正当血統である皇太子殿下にお仕えしていますが……殿下には、腹違いのご兄弟がたくさんいらっしゃるでしょう? その方々が、殿下のお立場を危うくしようと画策しているのです」

「うんうん」


 なんだか難しいお話だ。わかんないなりに、真剣に相槌を打つと、文徳さんはさらに続ける。


「先日の狩りで、殿下に刺客が送られたそうで。わが主がすぐに対処なさいましたが……今度は、こちらにも刺客がくるようになりました。どうやら敵は、玄家に狙いを定めたのかもしれませんね」

「…………皇太子さまを倒すために、さきに玄家を滅ぼしたいってこと?」

「いかにも。まったく、道理を弁えぬことです」


 文徳さんのお話に、僕は両手で口を覆う。お兄様たちが、たいへんな任務をなさっているとは聞いていたけど、お命を狙われるなんて、恐ろしいことだ。


「お兄様、お姉様……辰さん……」


 不安で、胸がしんしんと冷え込んでくる。

 

 ――それで、結界旗が壊れたんだ。こわい……

 

 泣きそうになっていると、文徳さんが白い肌を青褪めさせた。


「羅華様、心配無用にございますよ? なんたって、玄家は当代一です。めでたい場所は喜ばれませんが、戦闘・陰謀のエキスパートにございますれば! それに、羅華様も結界旗を補強してくださいましたし、圧倒的に我らが有利!」

「文徳さん……ほんと?」

「ええ! ささ、この羹を召し上がられませ。料理番が、羅華様の好物だと丹精したものですぞ」


 文徳さん、一生懸命励ましてくれて、やさしい。涙を拭いて、銀の匙を握り直した。ふっくらと丸く煮上がった鶏肉に、もすりと匙を沈める。大振りにすくって頬張ると、甘酸っぱい餡のからんだお肉がほろほろととろけていく。


「おいひいです」


 熱々のお肉に、ほふほふと息を吐いていると、文徳さんはホッと胸をなでおろした。


「ようございました……羅華様は、なにもお気になさいますな。あなたは掌中の珠、この屋敷はいわば四神のねぐら。このなかにいれば、誰も危害を加えるものはありませぬ」

「……うん。ありがとう、文徳さん」


 あたたかく励ましてくれる文徳さんに、僕はちいさく笑い返す。でもね、僕はほんとうは自分が怖いんじゃないんだ。

 

 ――大切な人が、傷つくのが怖いんだ。もっと、みんなの役に立てたらいいのに……

 

 お父様もお兄様も、お姉様も――僕は戦場にでちゃだめってお命じになったの。かえって皆が危険になるから、駄目だよって。霊符づくりは好きだけど、こういうときにちょっと寂しい。

 

 『焦らないで。あなたに救われるものもいますよ』


 しょんぼりしかけたとき、優しい声が聞こえた。


「……!」


 小さいころ、自信がなくて――膝を抱えていた僕を励ましてくれた、辰さんの笑顔が浮かんだ。

 僕は、あたたかくなった胸を撫でる。


「文徳さん。僕にできることがあったら、何でも言って下さいっ」

「羅華様……!」


 今度は心から、にっこりと笑う。

 そうだよね。せめて霊符づくりを頑張って、役に立とう!

 両手を握りしめて燃えていると、文徳さんは目を潤ませていた。


「よおし、ごはん食べて霊符たくさんつくろっと」

「素晴らしいお心がけです! さあさ、デザートに花蜜饅頭がありますよ」

「わあっ、やったぁ」


 甘いもの大好き。ぱあ、と笑顔になると、文徳さんも笑った。


「人気の桃花楼のものも良いですが、玄家お抱えの味もお試しください」

「うん! 文徳さんも、お菓子は一緒に食べてくれる?」

「そ……それはご勘弁を! 男二人の恨みは怖いので」


 文徳さんは、大げさにのけ反った。

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