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朝食に足りないもの [中編]

「まずは本日のゲストの紹介からですな」


 レスターに促され、ライアンはいくぶん顔色の良くなったゲストに語りかけた。


「ギルバート。事前に説明したと思うけど、ここでは最初に必ず行うしきたりというか通過儀礼があるんだ」


「……心得ております」


 少し緊張した面持ちで答えるギルバート。


「では、本日はこのレスターが口火を切らせていただきましょう」


 ゴホンと咳払いしたレスターはかしこまった口調で、この異世界日本人の会における決まり文句を口にした。


「ギルバートさん。あなたは何をもって、自身が日本人であったことを証明なさいますか?」


「……色々と考えたのですが――」


 ギルバートの顔は緊張のせいか、はたまた別の理由でか、少し赤らんでいた。


「……ま」

「ま?」


 ギルバートはここで大きく息を吸った。


「“魔法少女”でお願いします!!!」


「……は?」

 リンの動きが固まった。


「あら」

 ドルリーは目をキラキラさせて、なにかポーズを取っている。


「ほお……で、それはどういう……?」

 レスターが先を促す。

 同じ変身モノでもこちらにはあまり詳しくない様子だ。


「はあ実は……私には5つ年の離れた姉がおりまして、その姉が……毎週日曜日の朝にその……魔法少女のアニメを……観ていたんです」


 ついさっきまで、真っ青だったギルバートの顔は真っ赤になっていた。


「最初は私もたまたま一緒に見ていた、それだけだったんですが……でも……気がついたら……、セリフも……変身の動きも覚えてしまい――」


 とつとつと語っていたギルバートの口調が変わった。

 なにかスイッチが入ったようだ。


 ギルバートは突然立ち上がった。


「今、この瞬間から、私は魔法少女として生きる!」

 両手を天に掲げ、胸元に集めるような仕草。


「たとえどんなに辛くても、みんながいれば頑張れる!」

 スキップして、くるりとターン。


「悪を倒す!それが私の使命!」

 そして決めポーズ。


 すぐ横で、ドルリーが微妙に違う動きで後追いしている。


「なんか、ドルリーのポーズ古臭くない?」


 ライアンがボソッと呟く。


「ライアン、それは禁句だ」


「あー、年代が違うのか!」


 バシャー。


 レスターの湯呑みの中身を頭から浴びるライアン。


「あー、ワシの焼酎がー!」


「冷めてて良かったな……」


 リンがぼそりと呟く。


 変身できる時間を過ぎたのか、ギルバートはまた元の調子に戻り、続きを話し始めた。


「でも、クラスでは誰にも言えませんでした。男なのにって、笑われそうで……」


 ギルバートの視線が過去の記憶をたぐるようにふっと宙に泳いだ。


「ただ、魔法少女の心はずっと共にありました。そこで私は――現実世界で正義の味方になるべく、警察に勤めることにしたのです」


「ほー」と声を上げるレスターを、リンが揶揄する。


「ギルバートの爪の垢、焼酎に入れてもらえ。鷹の爪より絶対いいぞ」


「それで、こちらの世界では何をされてますの?」


 ドルリーが息を切らしながら訊ねた。

 どうやら変身ポーズが、王女様の体力にはちょっとハードだったようだ。


「はい、実は……こちらの世界でも警察勤めをしております」


 その首尾一貫ぶりに、誰ともなく感嘆の声が漏れる。


「それでギルバート……今日はちょっと変わった相談があるんだろ」


「おっと、そうでした」


 ギルバートは軽く息を整え、居住まいを正した。


「なんですの? ワタシ気になりますわ!」


 ドルリーが、興味津々といった様子で身を乗り出す。


「あまり公にはなってない話なのですが……最近、とある事件に関わることになりまして。それが、普通じゃないんです。どうにも不思議な点が多くて……」


「殺人事件なら得意だぞ」


 リンは腕を組み、ニヤリと笑った。


 ギルバートは一呼吸置いてから、穏やかな口調で続けた。


「タイトルをつけるなら――<魔導書とともに消えた少女>とでも申しましょうか」


 メンバーが静かに表情を引き締める。

 先ほどまでのノリとは打って変わって、テーブルにほんのり緊張が走った。



 ***



 全員の視線を確かめ、ギルバートは語り始めた。


「事の発端は、アンダーソン氏が自身の死後、蔵書すべてを国立図書院へ寄贈すると、正式な遺言を残したことでした」


「……アンダーソン氏? あの魔導書の収集家として著名なアンダーソン氏ですかな?」


 ギルバートは静かにうなずく。その様子を受けて、リンが口を開いた。


「死後というのは?」


「はい……アンダーソン氏ですが――」


 ギルバートは少し声をひそめた。


「医師から余命宣告を受けたそうで……」


「そういうことか……」


「続きを伺いましょう」


 レスターが先を促す。


「すんなりと事が進めば良かったのですが、案の定、横槍が入りました。彼の縁戚連中が納得できないと言い出したのです」


 苦虫を潰したような顔をするギルバート。


「100万冊を超える彼の蔵書、そのなかには貴重な品もあるに違いないと考えたのでしょう。国はすべて取り上げてしまうのかと、縁戚たちはそれは物凄い剣幕で……」


「でも本人の意思なんだろ。法的には問題ないんじゃないのか?」


「はい。確かにここまでの話であれば、そもそも私が関わることもなかったのですが……」


 ギルバートは大きく息を吸い、相談事の核心へと踏み込んだ。


「アンダーソン氏は元々養子でして、妻も子もおりません。ただ一人だけ、長年彼の身の回りの世話をしていた人物がいたのです」


「それが冒頭にお話された魔導書とともに消えた少女ですかな?」


 レスターの声にギルバートがうなづく。


「その少女ですが、いつの頃からか行方知れずになっていたようなのです。それが――この相続問題のさなか、急に姿を現しました」


 気がつけば、皆が身を乗り出していた。


「彼女が目撃された場所。それはアンダーソン氏の邸宅内でした。そしてその時に、彼女は一冊の魔導書を携えていたのです」


「その魔導書が問題になったということか」


「ええ。縁戚連中の訴えはこうです。――その女が持っていたという魔導書。それはきっと価値あるモノに違いない。早くその泥棒女を捕まえろ! と」


「蔵書の目録はなかったのか? あれば、無くなったモノがなにかわかりそうなものだろ」


「はい、ございました。異世界人にしては珍しく――いえ、我々よりよほど几帳面だったようで。そこで、蔵書をすべて照らし合わせてみることにしたのです」


「それでそれで?」


 ドルリーが先を急かす。


「確かに一冊、無くなっている魔導書がありました」


「おーーーーーーーーっ!」


 全員が声を上げた。


「その魔導書はどんなものだったのです?」


「魔導書の表題は――」


 ギルバートは少し口ごもった。


「それは、<忘れ物を取りに戻る魔法>でした……」


「……ほぉ」

「なんだそれ?」


 予想外の答えに拍子抜けした顔をする面々を代表してレスターが訊ねた。


「――それが価値ある魔導書じゃったと?」


「皆様がそのような反応をなさるのもごもっともでして。縁戚連中も全く同じ様子でした。そして今度は、こんなことを言い出したのです」


 ギルバートは手元にあった湯呑みを口に運び、喉を潤すと先を続けた。


「目録を作ったのもその女なのだろう。であれば、あえて載せないこともできるのではないか。その載せなかったモノこそ価値のある魔導書に違いないと――」


「いやはや、それは面倒なことですな……」


「アンダーソン氏の身辺を長年世話していたことから、少女が目録作成に関与していた可能性があると見ているのでしょう」


「それで?」


「ヤツらも皆、躍起になってその少女を探しまわったようですが――」


「行方は掴めず……」


「はい。今に至っているような次第です」


「なるほどね……」


 ギルバートは、皆が少し落ち着くのを待って次のように締め括った。


「以上が、普通じゃない、どうにも不思議な点が多いと申し上げた事件のあらましになります」


 全員が無言のまま、難しい表情を浮かべていた。


 5分ほど経過しただろうか。

 ライアンが突然「あ!」と声を上げた。


 全員の視線が集中する。

 えっ、あのライアンが何かに気付いた……?

 一瞬の期待が走る。


 ――が、ライアンは嬉しそうに厨房の方を見ていた。


 そこにはいつの間にかアンリが静かに佇んでいた。


 全員の視線が自分に集まると、アンリは皆が待ち望んでいた言葉を口にした。


「みなさんお待たせしました。本日のお食事の用意が整いました!」


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