第9話「魔法都市ラインガルド」
朝霧が晴れ始めた丘の上から、レイは初めてラインガルドの全貌を目にした。
「すごい...これが魔法都市なんですね」
眼下に広がる光景は、まさに異世界の大都市だった。白い石造りの建物が整然と立ち並び、所々に青い屋根を持つ塔が天に向かって伸びている。街の中心部には巨大な円形の建造物があり、その周囲を放射状に道路が延びていた。
そして何より目を引くのは、街全体を覆うように浮かぶ無数の光の粒だった。まるで昼間の星空のように、小さな光が街の上空をゆっくりと舞っている。
「あの光は何なんでしょうか?」
「魔力の結晶化現象だね」ウィルが説明した。「これだけ多くの魔術師が集まって生活していると、自然と魔力が空気中に溢れ出すんだ。それが結晶化して、ああやって光って見える。ラインガルドの名物の一つだよ」
レイは感嘆の声を上げた。自分が今まで住んでいた小さな村とは、まるで別の世界だった。
「人口は約十万人。そのうち三割が何らかの魔法に関わる仕事をしている。まさに魔法の街だね」
二人は丘を下り、街の入り口に向かった。街道は石畳で整備されており、歩きやすく設計されている。道の両脇には魔法で成長を促進されたと思われる大きな樹々が立ち並び、適度な木陰を作っていた。
「緊張してるかい?」ウィルが歩きながら尋ねた。
「はい、とても」レイは正直に答えた。「こんな大きな街に来るのも初めてですし、魔術師ギルドなんて...僕みたいな者が本当に受け入れてもらえるんでしょうか」
「君の能力は本物だ。それに、エルドラは優秀な人を見抜く目を持っている。心配することはないよ」
街に入ると、予想以上の活気に圧倒された。行き交う人々の服装も多様で、一般的な商人や職人に混じって、派手な魔術師の衣装を着た人々も目立つ。中には杖を持ち、小さな魔法を使いながら荷物を運んでいる者もいた。
「おお、久しぶりの街の空気だ」ウィルが嬉しそうに呟いた。「やはり魔法都市は違うね。魔力の濃度が他の街とは段違いだ」
確かに、レイも何となく空気の違いを感じていた。まるで濃密な何かに包まれているような感覚があった。
–
街の中心部に向かって歩いていくと、やがて巨大な建物が見えてきた。五階建ての威容を誇る石造建築で、正面には大きな魔法陣が刻まれている。その魔法陣は常に微かに光を放ち、建物全体に神秘的な雰囲気を与えていた。
「あれが魔術師ギルド本部だ」
レイは首を上げて建物を見上げた。高さだけでなく、横幅も村の集会所の十倍以上はありそうだった。正面の大きな扉の前には、魔術師らしい人々が出入りしている。
「大きすぎて...圧倒されてしまいます」
「最初はみんなそうだよ。僕も初めて来た時は同じだった」ウィルが励ますように言った。「でも中に入れば、案外普通の職場なんだ。ただ、扱っているものが魔法だというだけでね」
二人は正面の扉に向かった。扉の前に立つと、自動的に魔法陣が反応し、重厚な扉がゆっくりと開いた。
中に入ると、まず目に飛び込んできたのは天井の高いエントランスホールだった。天井には星座を模した魔法の光が描かれ、壁には歴代の著名な魔術師の肖像画が飾られている。
受付カウンターでは、青い制服を着た女性職員が来訪者の対応をしていた。その奥には階段があり、上の階へと続いている。
「すみません」ウィルが受付に声をかけた。「マスター・エルドラにお会いしたいのですが」
「申し訳ございませんが、マスターは大変お忙しく...」職員が丁寧に答え始めた時、ウィルが懐から小さな紋章を取り出した。
「これをお見せください」
職員はその紋章を見ると、表情を変えた。
「失礼いたしました。すぐにご案内いたします。お名前をお聞かせください」
「ウィル・ハートンです。それと、こちらは能力評価をお願いしたい新人です」
「承知いたしました。少々お待ちください」
職員は奥に向かって消えた。レイはウィルに小声で尋ねた。
「あの紋章は何だったんですか?」
「元職員の証だよ。一度ギルドで働いた者には、永続的な協力者として特別な待遇がある。まあ、僕の場合は少し複雑な事情もあるけれどね」
しばらくすると、職員が戻ってきた。
「マスター・エルドラがお会いになります。三階のマスターオフィスまでご案内いたします」
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三階に上がると、廊下の雰囲気が一変した。一階とは違い、より落ち着いた学術的な雰囲気が漂っている。壁には魔法理論の図解や、希少な魔法道具が展示されていた。
「ここが研究部門のフロアです」職員が説明した。「マスター・エルドラは特殊能力研究部門の責任者でもいらっしゃいます」
廊下の奥にある重厚な扉の前で、職員がノックした。
「どうぞ」中から女性の声が聞こえた。
扉を開けると、そこは想像以上に広いオフィスだった。壁一面に本棚があり、無数の魔法書や研究書が並んでいる。大きな机の前には、一人の女性が座っていた。
マスター・エルドラは四十代ほどの女性で、銀色がかった茶髪を後ろで一つに束ねている。深緑色の魔術師ローブを着用し、首元には小さな魔法石のペンダントを下げていた。
その瞳は深い青色で、レイを見つめる眼差しには厳格さと同時に温かさがあった。
「ウィル、久しぶりね」エルドラが立ち上がって言った。「元気にしていたようで安心したわ」
「エルドラさん、お久しぶりです。お忙しい中、時間を作っていただいてありがとうございます」
「あなたからの連絡なら、いつでも時間を作るわ。で、こちらが例の新人さんね」
エルドラの視線がレイに向けられた。レイは緊張しながらも、丁寧にお辞儀をした。
「レイ・ストーンです。よろしくお願いします」
「礼儀正しいのね。ウィルからの手紙で、あなたの能力について聞いているわ。小石生成というスキルを持っているとか」
「はい。ただ、まだまだ未熟で...」
「謙虚なのも良いことね」エルドラが微笑んだ。「でも、ここでは謙遜は必要ない。あなたの能力を正確に把握することが、今後のあなたのためになるのだから」
エルドラは机の上の書類を整理しながら続けた。
「ウィルからの報告によると、あなたの生成する石は特殊な性質を持っているという話ね。拘束魔法を無効化するとか、高純度のアズライトに近いとか」
「はい。でも僕自身、なぜそんなことができるのかよく分からないんです」
「それを調べるのが私たちの仕事よ」エルドラが立ち上がった。「早速、正式な能力測定を行いましょう。測定室へ移動するわ」
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測定室は三階の別の部屋にあった。純白の壁に囲まれた部屋の中央には、複雑な魔法陣が床に描かれている。部屋の四隅には魔力を測定するための水晶球が置かれ、それぞれが微かに光を放っていた。
「この部屋は魔力測定専用に設計されているの」エルドラが説明した。「外部からの魔力の影響を完全に遮断し、被験者の能力だけを正確に測定できる」
レイは魔法陣の中央に立った。周囲の水晶球が徐々に明るく光り始める。
「まずは基本的な魔力量を測定するわ。何もしないで、そのまま立っていて」
しばらくすると、エルドラが手元の測定器を確認した。
「基本魔力量は...標準的ね。特別高いわけではないけれど、十分実用的なレベル」
次に、実際にスキルを使用しての測定が始まった。
「それでは、小石を生成してみて。普段通りで構わない」
レイは集中し、手のひらに魔力を込めた。青い光を帯びた小石が現れる。
その瞬間、部屋中の測定器が一斉に反応した。水晶球の光が急激に強くなり、エルドラの手元の測定器からは小さな警告音が鳴った。
「これは...」エルドラの表情が変わった。「信じられない」
「何か問題でもあるんですか?」レイが不安になって尋ねた。
「問題どころか、これは非常に興味深い結果よ」エルドラが測定器の数値を確認しながら言った。「あなたの生成した石から放出されている魔力は、確かに高純度のアズライトに匹敵する。でも、それだけじゃない」
エルドラは生成された小石を手に取り、様々な角度から観察した。
「この石の魔力構造は、自然界には存在しないパターンを示している。まるで、魔力そのものを物質化したような...」
「それは良いことなんでしょうか、悪いことなんでしょうか?」
「とても良いことよ」エルドラが断言した。「あなたの能力は、既存の魔法理論では説明できない現象を起こしている。これは魔法学にとって重要な発見になる可能性がある」
ウィルも安堵の表情を見せた。
「やはり君の能力は特別だったんだね」
「でも、僕にはその理由が分からないんです」レイが困惑気味に言った。「なぜ僕にこんなことができるのか」
「それを解明するのが、これからの研究の目的よ」エルドラが言った。「あなたがもし良ければ、当ギルドで正式に能力開発と研究を行わないかしら?」
レイは驚いた。まさか正式な誘いを受けるとは思っていなかった。
「僕のような者でも、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「あなたのような才能こそ、私たちが求めているものよ」エルドラが微笑んだ。「未知の可能性を秘めた能力者は、魔法の発展にとって欠かせない存在なの」
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測定が終わると、エルドラは他の研究員たちも紹介してくれた。
「こちらはアレン。錬金術の専門家よ」
アレンは二十代後半の男性で、研究者らしい知的な雰囲気を持っていた。眼鏡をかけ、常に何かを観察するような鋭い目をしている。
「君の小石について、ぜひ詳しく調べさせてもらいたい」アレンが興味深そうに言った。「この純度のアズライトを人工的に生成できるなんて、革命的だ」
「こちらはリナ。魔力操作の指導員をしている」
リナは二十代前半の女性で、活発そうな印象だった。短い金髪と緑の瞳を持ち、動きやすそうな服装をしている。
「あなたの魔力操作、とても興味深いわね」リナが言った。「基本魔力量は標準的なのに、これほど精密な制御ができるなんて」
「そして、こちらはマルコ。戦闘技術の指導を担当している」
マルコは三十代の筋肉質な男性で、実戦経験豊富そうな風貌をしていた。落ち着いた声で話すが、その目には鋭い光が宿っている。
「投擲スキルを持っているそうだね」マルコが言った。「小石という一見地味な武器でも、使い方次第では強力な戦術になる。君の戦闘スタイルを見てみたい」
レイは次々と紹介される専門家たちに圧倒されながらも、それぞれの温かい歓迎に心を打たれた。
「皆さん、本当にありがとうございます。まだまだ未熟ですが、よろしくお願いします」
「謙虚なのは良いけれど」エルドラが言った。「ここでは自分の能力に自信を持つことも大切よ。あなたの小石生成能力は、確実に特別なものなのだから」
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その日の午後、レイは正式にラインガルド魔術師ギルドの研修生として登録された。住居もギルドの寮が用意され、ウィルも近くの宿に部屋を取った。
「これで君の新しい生活が始まるね」ウィルが嬉しそうに言った。「僕も当分この街にいるから、何かあったらいつでも相談してくれ」
夕方、レイは寮の自分の部屋で一人になった時、改めて今日一日の出来事を振り返った。朝にラインガルドを初めて見た時の驚き、ギルド本部の威容、エルドラとの出会い、そして能力評価での予想外の結果。
全てが夢のようだった。
転生時には「小石生成」という地味なスキルに悩んでいた自分が、今では魔法都市の権威ある研究機関で注目される存在になっている。
窓から見える街の光景も、もはや他人事ではなかった。自分もこの魔法都市の一員として、新しい人生を歩んでいくのだ。
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その頃、街の片隅にある小さな宿の一室で、フードを深く被った人影が窓から魔術師ギルドの建物を見つめていた。
「ついにラインガルドに到着したか」低い声が呟いた。「ウィル・ハートンめ、相変わらず余計なことを...だが、これで私の研究も最終段階に入る」
人影は懐から小さな水晶球を取り出した。球の中には、レイの姿がぼんやりと映っている。
「高純度アズライトの無限供給...生命力変換魔法の完成まで、もう少しだ」
窓の外では、ラインガルドの夜景が美しく輝いていた。しかし、その光の影で、新たな陰謀が静かに動き始めていた。
翌日から始まるレイの本格的なギルド生活。彼の能力の秘密は徐々に明かされていくだろう。しかし同時に、その能力を狙う危険な存在も、着実に近づいてきているのだった。
「明日からが本当の始まりですね」レイは窓の外の夜景を見つめながら呟いた。
期待と不安が入り交じった気持ちを抱えながら、レイは新しい人生の第一歩を踏み出そうとしていた。魔法都市ラインガルドで、彼はどのような成長を遂げるのだろうか。そして、迫り来る危険にどう立ち向かうのだろうか。
全ての答えは、これから始まる新たな章の中にある。
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━━━━━━━━━━━ 【キャラクターステータス】 ━━━━━━━━━━━
【名前】レイ・ストーン 【レベル】9(↑1)
【称号】小石の魔術師
【種族】人間(転生者) 【年齢】16歳
【職業/クラス】冒険者/魔術師ギルド研修生
【ステータス】
HP: 130/130 (↑5) MP: 35/35 (↑3)
攻撃力: 7 防御力: 8
魔力: 18 (↑1) 素早さ: 9
命中率: 10 運: 8 (↑1)
【スキル】
・小石生成 Lv.7: 魔力を込めた青い小石を生成。拘束魔法を無効化する特殊性質を発現。アズライト純度70%相当の石を安定生成可能。魔力密度の段階調整が可能。魔力構造が自然界に存在しないパターンを示す。
・投擲 Lv.3: 魔力石の投擲で敵を怯ませることができる。軌道予測精度が向上。
・鉱物知識 Lv.5: 錬金術的観点での鉱物理解。アズライト粉末の活用法を習得
・魔力操作 Lv.4: 魔力を外部放出可能。光による拘束魔法の中和技術を獲得。空中での小石軌道調整が可能。基本魔力量は標準的だが精密制御に長ける。
【関係性】
・ウィル:元魔術師ギルド職員の下宿先老人。レイを守るため共にラインガルドへ向かった旅の同行者。ソーンとの因縁が判明(信頼↑↑↑)
・ヘルム:宝石商、アズライト粉末を提供してくれた恩人(感謝↑)
・ダンカン:採石場の親方、レイの帰りを待っている(友好維持)
・ソーン・ブラックウッド:元魔術師ギルド研究者、生命力変換魔法の研究者。レイの能力を狙う危険人物。ラインガルドに潜入中(敵対↑↑↑)
・マスター・エルドラ:ラインガルド魔術師ギルド特殊能力研究部門責任者、40代女性。厳格だが公正で温かい。レイの能力に強い関心(協力関係・指導者)
・アレン:錬金術専門家、20代後半男性。知的で研究熱心(同僚・友好)
・リナ:魔力操作指導員、20代前半女性。活発で親しみやすい(同僚・友好)
・マルコ:戦闘技術指導担当、30代男性。実戦経験豊富(同僚・友好)
ここまで読んでいただき、本当に感謝しています。
今回の話では、レイがついに魔法都市ラインガルドに足を踏み入れ、魔術師ギルドという新たな世界への第一歩を踏み出しました。読んでくださった皆さんと一緒に、レイの目を通して「異世界の息吹」を感じてもらえたなら嬉しいです。
彼の持つ「小石生成」という一見地味なスキルが、どんな風に評価され、物語の中でどう活かされていくのか――今後の展開もぜひ楽しみにしていてください。
次回は、いよいよギルド内での初任務と、他の新人たちとの出会いを描く予定です。仲間との出会いは、物語の転機となります!
それでは、第10話でお会いしましょう!
感想・コメント、励みになります。お気軽にお寄せください!
※執筆にはAIも相談相手として活用しています✨