第41話「憤怒の騎士ガロン」
アクアリスさんの救済から約1時間後、英知の神殿は緊迫した空気に包まれていた。
「世界調和器の反応が、また激しくなっている」
セルヴィンさんが魔法陣の上で複雑な計算を続けながら報告する。彼の表情は深刻そのものだった。
「3番目の封印、憤怒の騎士ガロンの封印が自然崩壊を始めています。アクアリス様の救済により、封印システム全体の均衡が変化したことが原因と思われます」
僕は神殿の中央で、アズライトの光が複雑に絡み合う様子を見つめていた。光の流れが以前より不安定で、まるで世界そのものが痛みを訴えているかのようだった。
「レイ」
ソーンさんが僕の隣に立つ。彼の表情も深刻だった。
「俺たちに残された時間は、もう71時間を切っている。5つの封印を解決するには、平均14時間に1つずつ救済していかなければならない」
「そうですね」
僕は小さくうなずいた。時間のプレッシャーは確実に重くのしかかっていたが、それでも諦めるつもりはなかった。
「でも、急いで強引に解決しようとしたら、きっと失敗します。ヴォルダークさんもアクアリスさんも、調和によって本来の姿を取り戻すことができました。次も同じはずです」
「継承者」
アクアリスさんが僕に近づいてきた。彼女の表情には深い心配が浮かんでいる。
「憤怒の騎士ガロンは、私やヴォルダークとは異なる特殊性を持っています。彼は古代大戦で最も激しい戦いに身を投じた戦士でした」
「どういうことですか?」
「ガロンは本来、人々を守るために戦う優しい騎士でした。しかし、戦争で多くの仲間を失い、守るべき人々を救えなかった深い絶望と怒りが、彼の魂を歪めてしまったのです」
アクアリスさんの説明に、僕の胸が締めつけられる。
「守るべき人を救えなかった、絶望と怒り……」
それは、今の僕が最も恐れていることだった。現代世界にいる仲間たち─カイル、フィン、エリック。彼らを守れなかったら、僕はどうなってしまうだろう。
「レイさん」
エルディス長老が僕の肩に手を置いた。
「お気持ちは分かります。しかし、焦りは禁物です。ガロンの封印地点は古代都市の東の断崖にある『守護者の墓標』です。そこは古代大戦で亡くなった多くの戦士たちが眠る場所でもあります」
「墓標……」
「ええ。ガロンはそこで、永遠に守護を続けようとしているのかもしれません。死してなお、守れなかった人々への責任を感じ続けているのでしょう」
僕は静かに立ち上がった。
「行きましょう。ガロンさんを救済しなければ」
「レイ様、お待ちください」
ヴィラさんが慌てて駆け寄ってくる。
「体調管理が重要です。連続的な救済活動は、想像以上に精神力を消耗します。しっかりと治癒魔法で体力を回復してから向かいましょう」
「ありがとうございます、ヴィラさん」
ヴィラさんの治癒魔法に包まれながら、僕は深く息を吸った。確かに、アクアリスさんの救済では相当な魔力を使った。万全の状態で向かわなければ、ガロンさんも救えない。
「《深癒の光》」
ヴィラさんの魔法に続いて、僕も自分の治癒魔法を発動する。体の疲労が和らぎ、魔力が満ちていくのを感じた。
「完全統合術も準備しておく必要があるな」
ソーンさんが魔力を集中させている。
「ガロンは戦士だ。戦闘能力も高いはずだ。調和による救済を行うにしても、まずは彼の攻撃を防がなければならない」
「そうですね」
僕は小石を1つ手のひらに生成する。純度90%のアズライトが、神殿の光を受けて美しく輝いた。
「世界の心臓」としての創造の力。この力で、ガロンさんの歪んだ魂を本来の姿に戻すことができるはずだ。
「みんな、準備はいいですか?」
「ああ」
「はい」
「もちろんです」
「お任せください」
「継承者と共に」
ソーンさん、エルディス長老、ヴィラさん、セルヴィンさん、アクアリスさんが順番に答える。
僕たちは神殿を出て、古代都市の東へと向かった。
—
『守護者の墓標』は、古代都市の東端にある断崖の上に建てられていた。巨大な石造りの記念碑が立ち並び、その周囲には数え切れないほどの小さな墓石が配置されている。
「ここが……」
風が強く吹き抜ける中、僕たちは墓標の前に立った。ここは明らかに神聖な場所だった。古代大戦で命を落とした多くの人々の魂が、今も静かに眠っているのが感じられる。
しかし、その神聖な雰囲気を打ち破るように、断崖の奥から重々しい足音が響いてきた。
「来る」
ソーンさんが身構える。
地面が振動し、墓標の向こうから巨大な影が現れた。
「うおおおおおおおお!」
雄叫びと共に姿を現したのは、3メートルを超える巨大な騎士だった。全身を黒い甲冑に包み、両手には巨大な剣と盾を持っている。しかし、その甲冑は所々が破損し、剣も刃こぼれが激しい。長い戦いの痕跡が、痛々しいほどに刻まれていた。
「憤怒の騎士ガロン……」
アクアリスさんが小さくつぶやく。
ガロンの兜の奥から、赤く光る瞳が僕たちを見据えていた。しかし、その瞳には怒りだけでなく、深い悲しみも宿っているのが見えた。
「守る……守らなければ……」
ガロンの口から、かすれた声が漏れる。
「もう誰も失わせはしない……誰も……」
「ガロンさん」
僕は一歩前に出た。
「僕はレイ・ストーン。古代文明の継承者です。あなたを救いに来ました」
「継承者……?」
ガロンの動きが一瞬止まる。しかし、すぐに再び激しい怒りが瞳に宿った。
「継承者など、もう遅い! 全てが失われた後で、何の意味がある!」
巨大な剣が振り下ろされる。僕たちは慌てて飛び退いた。
「聖なる障壁」
僕が防御魔法を発動すると同時に、ソーンさんが完全統合術を発動する。
「完全統合術」
僕たちの魔力が融合し、強固な防御壁を形成した。ガロンの剣撃を防ぎ切ることができたが、その威力は想像以上だった。
「強い……」
「さすがは古代の騎士です」
エルディス長老が感嘆の声を上げる。
「しかし、彼の攻撃には絶望が込められています。希望を見出すことができれば……」
「守護者よ!」
アクアリスさんがガロンに向かって声を上げた。
「あなたが守り続けたものは、決して無駄ではありません! あなたの意志は、今もこの地に息づいています!」
「嘘だ!」
ガロンが激しく首を振る。
「私は守れなかった! 仲間を、人々を、全てを失った! 私は守護者として、完全に失格だ!」
「そんなことないです!」
僕は思わず大きな声を上げていた。
「守れなかったことで自分を責め続ける気持ち、僕にも分かります! でも、そうやって苦しんでいること自体が、あなたが本当に大切な人たちを愛していた証拠じゃないですか!」
「何を知っているというのか、継承者よ!」
ガロンが再び剣を振るう。今度は連続攻撃だった。
「小石生成」
僕は小石を2つ生成し、ソーンさんと協力して防御を固める。
「知っています。 僕にも、絶対に守りたい仲間がいます。 でも今、その仲間たちは僕の手の届かない場所にいます。 もしも僕が失敗したら、仲間たちの世界が危険になる!」
僕の言葉に、ガロンの動きが再び止まった。
「だから僕は、あなたの気持ちが分かります。 守りたい人を守れなかった時の絶望、責任感、全部分かります。 でも、それでも諦めちゃいけないんです!」
「諦める……だと?」
「あなたは今も戦い続けています。 死んでからもずっと、この場所を守り続けています。 それは、あなたがまだ諦めていない証拠です」
僕は3つ目の小石を生成した。純度90%のアズライトが、3つ共鳴して強い光を放つ。
「深癒の光」
僕の治癒魔法が、ガロンを包み込む。しかし、彼の怒りと絶望は深く、簡単には浄化されない。
「無駄だ……私の魂は、もう……」
「無駄じゃない」
僕はガロンに向かって歩き続けた。彼の剣撃を「聖なる障壁」で防ぎながら、一歩ずつ近づいていく。
「あなたが守ろうとした人たちの想いは、今もこの古代都市に残っています。 住民たちは、あなたたちのような戦士がいたからこそ、今も生きていられるんです」
「そんな……」
「エルディス長老」
僕は長老に声をかけた。
「この都市の人たちは、古代の戦士たちのことを覚えていますか?」
「もちろんです!」
エルディス長老が力強く答える。
「古代大戦の戦士たちは、私たちの英雄です! 特にガロン様は、最後まで市民の避難を支援し、多くの命を救ったと伝えられています!」
「救った……?」
ガロンの声が震える。
「私は……救った……?」
「そうです! ガロン様が時間を稼いでくださったおかげで、多くの市民が安全な場所に避難できました! あなたは確実に、人々を守ったのです!」
「あああああああ!」
ガロンが天を仰いで慟哭する。その声には、長い間抑えていた悲しみと、そして安堵が込められていた。
「私は……私は守ることができていたのか……」
「そうですよ」
僕はガロンの前に立った。彼の巨大な体が、僕を見下ろしている。
「あなたは立派な守護者でした。そして今も、この場所を守り続けています。でも、もう十分です。もう、一人で背負わなくてもいいんです」
「継承者よ……」
ガロンが膝をついた。巨大な体が僕と同じ高さになる。
「あなたは……私の代わりに、人々を守ってくれるのですか?」
「代わりじゃないです」
僕は首を振った。
「一緒に守るんです。あなたの意志を受け継いで、僕も、みんなも、大切な人たちを守り続けるましょう」
「一緒に……」
ガロンの瞳から、赤い光が消えていく。代わりに、穏やかな青い光が宿った。
「深癒の光」
僕は最後の治癒魔法を発動した。3つの小石が最大の共鳴を起こし、純度90%のアズライトの光がガロンを包む。
「ああ……これが……安らぎ……」
ガロンの体から黒いオーラが消え、代わりに温かい光が溢れ出した。破損していた甲冑が修復され、美しい銀色に輝く。
「ありがとう、継承者よ」
ガロンが静かに立ち上がる。今度は威圧感ではなく、頼もしさを感じさせる姿だった。
「私は長い間、一人で背負いすぎていました。あなたのおかげで、ようやく仲間たちの元へ行くことができます」
「ガロンさん……」
「この古代都市を、そしてあなたの大切な人たちを、どうか守り続けてください」
ガロンの体が光の粒子となって消えていく。その光は、墓標の一つ一つに宿り、静かに輝き続けた。
「3つ目の封印、解決しました」
セルヴィンさんが報告する。
「しかし、世界調和器の反応は……さらに激しくなっています。残り4つの封印も、連鎖反応で不安定化が進行中です」
僕は空を見上げた。古代都市の上空に、時空の歪みが見え始めている。
「残り時間は69時間……」
「急ぎましょう、レイ」
ソーンさんが僕の肩を叩く。
「次の封印へ向かおう。俺たちなら必ずやり遂げられる」
「うん」
僕は小石を握りしめた。ガロンさんから受け継いだ守護の意志と共に、次の救済へ向かう決意を新たにした。
仲間たちの世界を守るために。
━━━━━━━━━━━ 【キャラクターステータス更新】 ━━━━━━━━━━━
【名前】レイ・ストーン 【レベル】22
【称号】小石の魔術師・古代都市の来訪者・生命の核修復者・古代技術発見者・空間術習得者・実戦経験者・実戦訓練生・初勝利達成者・守護戦士・英知の探求者・試練突破者・真実の受容者・協力の達人・世界調和の守護者・調和の戦士・魂の救済者・守護者の継承者(NEW!)
【ステータス】
HP: 290/290(+10) MP: 190/190(+10)
攻撃力: 17(+0) 防御力: 28(+1)
魔力: 58(+3) 素早さ: 18(+1)
命中率: 19(+1) 運: 16(+0)
【スキル】
・小石生成 Lv.9: 1日3個・アズライト純度90%(3個共鳴時)・古代創造技術
・投擲 Lv.4: 精密攻撃精度向上
・鉱物知識 Lv.6: 古代アズライト理論完全理解
・魔力操作 Lv.10: 古代文明技術統合制御
・身体調和術 Lv.2: 持久力30分維持
・古代文字理解 Lv.4: 古代文明全知識習得
・空間移動術 Lv.1: 実戦での精密運用可能
・聖なる障壁 Lv.2: 協力者保護・古代防御術融合・都市規模防御
・深癒の光 Lv.4: 調和促進・精神安定・魂の浄化・治癒大賢者救済・守護騎士救済
【重要な関係性】
・仲間3人:継続的励まし・成長報告・69時間の危機意識
・ソーン・ブラックウッド:完全統合術・時空危機共有
・エルディス・ムーンストーン:都市防衛同盟総指揮
・ヴィラ:治癒サポート・緊急時医療
・セルヴィン:世界調和器分析・時空制御理論
・アクアリス:癒しの聖女・治癒協力者
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