第28話「転移の先」
意識が朦朧としている。まるで深い海の底から浮上するように、ゆっくりとした感覚で現実が戻ってくる。
「うっ...」
体のあちこちが痛む。ソーンさんとの戦いでの傷がまだ疼いている。だが、それよりも気になるのは──
「ここは...どこですか?」
目を開けると、見慣れない天井が視界に入った。石造りの、しかし現代の建築とは明らかに異なる精密な造形。天井に刻まれた文様は複雑な幾何学模様で、よく見るとうっすらと青い光を放っている。
体を起こすと、自分が石でできたベッドのような台の上に横たわっていることがわかった。部屋全体が同じ石材で造られているが、その表面は鏡のように滑らかに磨かれている。
「レイ・ストーン、目を覚ましたようだな」
聞き慣れた声に振り返ると、部屋の隅でソーンさんが座っていた。彼もまた、僕と同じように傷を負っているようで、ローブの一部が破れている。
「ソーンさん...僕たち、どこにいるんですか?」
「転移石とお前のアズライトの共鳴により、古代魔法陣が予期しない反応を起こした。その結果、我々は古代都市に転移したのだ」
ソーンさんの説明を聞きながら、僕は状況を整理しようとした。確か、最後の記憶は激しい光に包まれて、仲間たちの声が遠ざかっていく感覚だった。
「仲間たちは...カイルさんやフィンさん、エリックさんは?」
「元の世界に残されたと考えられる。転移の対象は、転移石とアズライトを直接保持していた我々のみだったようだ」
その言葉に、僕の心は沈んだ。仲間たちは無事だろうか。傷を負った状態で、僕たちの消失にどれほど心配しているだろう。
「心配するな」ソーンさんが続けた。「彼らは優秀だ。影の研究会の私がいなくなったから排除されているだろう。当面の危険はないだろう」
立ち上がろうとすると、足がふらついた。体力の減少が激しく、まだ本調子ではない。
「無理をするな。この都市で回復する方法を探している最中だ」
「この都市...どのような場所なんですか?」
「見た方が早いだろう」
ソーンさんに案内されて部屋を出ると、息を呑むような光景が広がっていた。
—
僕たちがいるのは、巨大な地下空間に築かれた都市だった。天井は遥か上方にあり、まるで本物の空のように青く光っている。その光源は無数の魔法陣から放たれているようで、自然光とほとんど変わらない明るさを提供している。
街並みは石造りだが、その建築技術は現代を遥かに凌駕している。建物は空中に浮かんでいるものもあり、それらを繋ぐ橋のような通路が複雑に絡み合っている。
「すごい...これが古代魔法文明の都市なんですね」
「そうだ。しかし、完全に廃墟というわけではない。住民が存在する」
ソーンさんの言葉通り、通りには人影が見えた。ただし、彼らの容姿は普通の人間とは異なっている。背が高く、耳が尖っており、髪は白や銀色をしている。
「エルフ族...いや、正確には古代エルフの末裔だろう。長寿種族のため、古代文明の記憶を保持している可能性がある」
一人の古代エルフが私たちに近づいてきた。年老いた男性で、白い髭を蓄えており、深い青色の瞳をしている。
「転移者よ、目覚めたのですね」
彼は流暢な人間の言葉で話した。
「我が名はエルディス・ムーンストーン。この都市の長老会の一人です。あなた方の転移は、我々も感知しておりました」
「初めまして、エルディスさん。僕はレイ・ストーンです。突然の転移で、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」
僕が丁寧に頭を下げると、エルディスさんは驚いたような表情を見せた。
「礼儀正しい転移者ですね。これまでこの都市に迷い込んだ者たちは、多くが傲慢でした」
「これまでにも、転移してきた人がいたんですか?」
「ええ、稀にですが。しかし、あなた方のような大規模な魔法的共鳴による転移は初めてです。そして...」
エルディスさんは僕の手を見つめた。
「あなたが持つ力...それは我々の先祖が封印した『創造の石』の力に似ています」
—
エルディスさんに案内されて、都市の中央にある巨大な建造物に向かった。そこは図書館のような場所で、無数の石板や巻物が保管されている。
「ここは『記憶の殿堂』。我々の文明の歴史が全て記録されています」
エルディスさんは一つの石板を取り出し、それに手をかざした。すると、石板に文字が浮かび上がった。
「これは...」
石板に描かれていたのは、小さな石を生成する人間の姿だった。その石は僕が作るアズライトと酷似している。
「『創造の石』の能力者。我々の先祖の記録によれば、この能力は世界の調和を保つために選ばれし者に与えられる力です」
「調和を保つ...」
「はい。アズライトは単なる鉱物ではありません。それは世界の魔力バランスを調整し、破綻した魔法システムを修復する力を持ちます」
ソーンさんが興味深そうに石板を見つめている。
「だから僕の制圧技術が有効だったのか...相手の攻撃的な魔力を中和し、調和状態に導く」
「その通りです」エルディスさんが頷いた。「しかし、この能力には重大な制限があります。一日に三個まで、という制限は、能力者の身体と精神を守るためのものです」
「身体と精神を...」
「創造の石は、使用者の生命力を消費します。制限なく使用すれば、能力者は命を失うでしょう。古代の記録には、その力を乱用して消滅した能力者の記録もあります」
なるほど、それで制限があるのか。転生時に組み込まれた安全装置だったのだ。
「では、レイさんは特別な使命を帯びてこの世界に転生したということですか?」
ソーンさんの質問に、エルディスさんは重々しく頷いた。
「おそらく。この都市に転移したのも、偶然ではないでしょう。この都市には、解決すべき問題があるのです」
—
エルディスさんは僕たちを都市の最深部へと案内した。そこには巨大な魔法陣があり、その中央に巨大な水晶が浮かんでいる。しかし、水晶は黒く濁っており、魔法陣の光も不安定だった。
「これは『生命の核』。この都市の全てのシステムを支える中核です。しかし、千年前から徐々に機能が低下しており、このままでは都市全体が崩壊してしまいます」
「それは...深刻な問題ですね」
「我々は長い間、修復方法を探してきました。しかし、古代の技術は失われており、現在の我々の知識では限界があります」
ソーンさんが水晶を詳しく観察している。
「魔力の汚染...いや、魔力システムそのものの不調和だ。これは確かに、アズライトの調和能力で修復できる可能性がある」
「でも、僕の小石生成は一日三個まで...これほど巨大なシステムを修復するには」
「時間をかければ可能です」エルディスさんが言った。「毎日少しずつ、汚染された部分を浄化していけば、いずれは完全に修復できるでしょう」
「それには、どのくらいの期間が?」
「おそらく...数か月は必要でしょう」
数か月。それだけの間、この都市に留まることになるのか。仲間たちのことが心配だが、この都市の人々を見捨てることもできない。
「レイ」ソーンさんが口を開いた。「私も協力する」
「え?」
「私の転移石技術と、この都市の古代魔法を組み合わせれば、元の世界との通信が可能かもしれない。仲間たちに状況を伝え、安心させることができるだろう」
これまで敵対していたソーンさんが、協力を申し出るとは思わなかった。
「ソーンさん...」
「誤解するな。私はまだお前の技術普及に反対している。しかし、この状況では協力が必要だ。そして...」
ソーンさんは少し躊躇してから続けた。
「お前の制圧技術を実際に体験して、考えが変わった部分もある。力による解決ではなく、調和による解決...それは確かに理想的だ」
—
その日の夜、僕たちは都市の宿泊施設で休んでいた。古代エルフたちは非常に親切で、食事や寝具を提供してくれた。
「ソーンさん、お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「あなたはなぜ、そこまで技術の拡散を恐れているんですか?私には、平和のために行動しているように見えるのですが」
ソーンさんは長い間沈黙していた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「私の前世の世界は...転生者の技術によって滅んだと伝えたな」
「はい...」
「最初は平和的な技術だった。しかし、それが軍事転用され、さらに悪用されて、最終的に世界全体が破滅した。私はその光景を見て死んだ」
そんな過去があったのか。それなら、技術の拡散を恐れる理由もわかる。
「でも、僕の制圧技術は攻撃的なものではありません。相手を傷つけるのではなく、調和状態に導くものです」
「それは理解している。だが、どんな技術も悪用される可能性がある。お前は善良だが、その技術を学んだ他の者が同じとは限らない」
「だからこそ、正しい使い方を広めることが大切なのではないでしょうか?隠すのではなく、正しい教育と共に普及させる」
ソーンさんは私の言葉を考え込んでいた。
「お前は...本当に変わった転生者だな」
「え?」
「普通の転生者は、自分の力を誇示したがる。特別扱いされたがる。しかし、お前は違う。常に他者を思いやり、協力を求める」
「それは...当然のことだと思います。一人でできることには限界がありますから」
「その考え方が、お前の技術が平和的である理由かもしれない」
—
翌朝、僕は今日の小石生成の使用回数がリセットされていることを確認した。新しい日になったのだ。
「今日から、生命の核の修復作業を始めましょう」
エルディスさんと数人の古代エルフの技術者が集まり、修復計画を説明してくれた。
「まず、最も汚染の軽い部分から始めます。アズライトの浄化能力を使って、少しずつ汚染を除去していきます」
「わかりました。僕にできることがあれば、何でもお手伝いします」
「ありがとうございます、レイさん。しかし、決して無理はしないでください。あなたの身体が最優先です」
ソーンさんも準備を整えていた。
「通信魔法陣の設置を始める。古代魔法と私の技術を組み合わせれば、元の世界との短時間の通信が可能になるはずだ」
「本当ですか?仲間たちと話せるんですか?」
「確約はできないが、可能性はある。ただし、魔力消費が激しいため、長時間の通信は困難だろう」
それでも、仲間たちに無事を伝えられるかもしれない。その可能性だけで、心が軽くなった。
━━━━━━━━━━━ 【キャラクターステータス更新】 ━━━━━━━━━━━
【名前】レイ・ストーン 【レベル】13
【称号】小石の魔術師・古代都市の来訪者
【種族】人間(転生者) 【年齢】16歳
【職業/クラス】冒険者/古代魔法継承者
【ステータス】
HP: 120/170(古代都市で一部回復) MP: 35/55
攻撃力: 8 防御力: 10
魔力: 28 素早さ: 11
命中率: 12 運: 11
【スキル】
・小石生成 Lv.8: 1日3個まで(新しい日でリセット)
・投擲 Lv.4: 投擲精度向上
・鉱物知識 Lv.5: 錬金術的鉱物理解
・魔力操作 Lv.8: 古代魔法陣統合制御、制圧技術実戦運用完了
【重要な関係性】
・仲間3人:古代都市転移により分離、通信による再接触を目指す
・ソーン・ブラックウッド:敵対関係から協力関係へ移行中
・エルディス・ムーンストーン:古代エルフの長老、協力者
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