表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/62

Side友梨佳 第41話

 深紅の優勝レイを肩にかけられたリアンデュクールを中心に、シュバルブランのスタッフや厩舎関係者、およそ三十名がコースいっぱいに広がっていた。誰もが誇らしげに胸を張り、シャッター音の中で笑顔を弾けさせている。まるで一枚の絵のように、美しく、温かい光景だった。

 ウイナーズサークルの前には、表彰式用の舞台が設置されている。金色のトロフィーが陽光を受けてきらめき、栄光の瞬間を待っていた。

「ありがとうございまーす!」

 カメラマンの声に合わせて、皆が笑いながら少しずつ散っていく。

 その中、友梨佳が人混みをかき分けるようにして、ちょうどリアンデュクールから降りたところの茜に、真っ直ぐ向かっていく。

「茜っち!」

「……え?」

 振り返った茜に、友梨佳が勢いよく飛びついた。驚いた茜はそのまま友梨佳ごと仰向けに倒れ込む。

「ありがとう……ほんとに、ありがとう、茜っち!」

「ちょ、分かったから……どいて……!」

「勝たせてくれて……無事に、リアンを戻してくれて……本当に、本当にありがとう!」

 友梨佳がさらに力を込めて茜を抱きしめる。

「痛いから! 離れなさいって!」

 茜は力ずくで友梨佳を引き離す。

「えー、なんで?」

「そういうのは、陽菜さんとやりなさい」

 その一言に、陽菜がびくりと肩を揺らし、顔を真っ赤にしてうつむいた。

「お礼を言うのは……私の方よ。こんな夢みたいな舞台に立たせてもらえて……今回はみんなに勝たせてもらったけど、次は私が、皆を勝たせられるように頑張る」

 その言葉に、友梨佳も茜も、ふっと微笑む。

 瞳の奥に宿るのは、まっすぐな、曇りのない光だった。

「表彰式を行います。関係者の方は、こちらへお願いいたします」

 係員の男性が丁寧に案内の声をかけてくる。

「陽菜、ちょっと」

 遥が静かに歩み寄り、自分の胸につけていた赤いリボンを外し、陽菜の胸元へそっとつけ替える。

「代表!? それって――」

 陽菜が驚いたように遥を見つめる。

「あなたが行きなさい。これは……あなたたちの物語だから」

 遥の目は、深い慈しみに満ちていた。

「……でも……」

 戸惑う陽菜に、係員が申し訳なさそうに声をかける。

「恐れ入ります、時間が押しておりますので……」

「……じゃ、じゃあ、行ってきます!」

 陽菜が決意の声を発すると同時に、車椅子のハンドリムを押し出す。

 すぐ隣で待っていた友梨佳が嬉しそうに言う。

「やった、一緒だ!」

 そう言いながら車椅子のグリップを握り、彼女を押して歩く。

 その笑顔は、誰よりも眩しく、まるで春の陽光のようだった。

「遥、いいの?」

 小田川がそっと近づき、遥に問いかける。

「ええ。これはあの子へのはなむけ。きっとこの瞬間が、これからの道を照らしてくれる」

「……?」

「友梨佳と二人で牧場をやるって。もう舞別町と包括連携協定を結ぶ準備まで進んでるの。ほんと、組織を動かすのが上手な子よ」

「そう……寂しくなるわね」

「そうは言っても、お隣りだもの。行き来はこれからもあるわ。それに――すぐ、また賑やかになるわ」

 遥の言葉に、小田川がふと視線を落とす。

 遥の左手の薬指には、銀の指輪が、やわらかく光っていた。

「そうだ、ちょっと聞きたいんだけど」

 表彰台に上がった茜が振り返って友梨佳と陽菜に尋ねた。

「栗毛の四白流星の馬を知ってる?」

 急な問いかけにきょとんとする二人。

「……ヤエノムテキとか?」

 友梨佳が知っている馬を考えながら答えた。

「そうじゃなくて、今日出走した中で。ゴール前で確かにその馬に抜かされたはずなんだけど……」

 茜は不思議そうに見つめる二人の視線に気づいてハッとする。

「ごめん。やっぱり何でもない。私の勘違いだわ、きっと」

 茜は手をパタパタとさせ、笑いながら歩いて行った。


「ねえ、兄さん。この馬券、いくらになるの?」

 香織がリアンデュクールの馬券をひらひらと振りながら、隣に立つ桐島に尋ねる。

「単勝と複勝がそれぞれ千円。合計で一万五千四百円ってとこかな」

「すごい! ……で、兄さんは?」

「俺か?」

 桐島は苦笑いしながら、上着のポケットから馬券の束を取り出す。

「単勝馬券、リアンデュクール以外、全部」

「えーっ!? なにそれ、ひどい! 兄さん、競馬向いてないよ!」

「はは……そうだな。もうやめるよ、金輪際」

 肩をすくめる兄の姿に、香織は呆れたように溜め息をつく。

「しょうがないなぁ。じゃあ、兄さんの再就職祝いも兼ねて、私がご馳走してあげよう!」

「お、それはありがたいな」

「その代わり、小田川さんの事務所に勤め始めたら、新作コスメのサンプルとかもらってきてよ?」

「無茶言うな。入ったばかりで、そんなの頼めるわけないだろ」

「お願い! 聞くだけでもいいから!」

「だから無理だって……ほら、馬券換金しに行くぞ」

 そう言って、桐島はスタンドの階段を登り始めた。香織は慌ててその背中を追いかけた。


 その頃、ターフでは音楽隊による「威風堂々」が厳かに奏でられていた。

 表彰式が始まる。舞台袖に立つ司会者が、高らかに名前を読み上げる。

『優勝馬主、株式会社シュバルブラン様――優勝生産者、舞別町・有限会社高辻牧場様』

 その声に合わせて、陽菜と友梨佳がゆっくりと前へ進み出た。

 陽菜の背筋は凛と伸び、友梨佳は隣で微笑む。

 風を受けて並び立つ二人の姿は、2人の姿は、風を受けて凛として美しかった。

 拍手が広がり、歓喜の波がターフを包み込む。

「陽菜、さっきの茜っちの話しなんだけど、一頭心当たりがあるのを思い出した」

 陽菜は友梨佳の目をじっと見つめながら考えると、すぐにその一頭にたどり着いた。

『スローガレット』

 2人は声をあわせた。

「……そっか、リアンと一緒に走ってたんだね」

 陽菜がつぶやくと、友梨佳は「うん、ほんとうに」と言ってターフを見る。

 リアンデュクールはまだ、ゴール前のターフの上で静かに立っていた。

 眩しいほどの陽射しの中、たてがみを風になびかせながら――その瞳は、どこか誇らしげに、表彰台を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ